日韓戦後日談=日々是亜洲杯2011(1月26日)
MMCにて「香川骨折」の報に接する
近所のバスターミナルにて。車を持たない出稼ぎ労働者にとって、バスは不可欠な移動手段だ 【宇都宮徹壱】
閑散としたMMCの作業スペースで、モニターに映る地元テレビ局の映像を横目で見ながらPCに向かう。プログラムは、昨夜の日韓戦の再放送であった。記者席から見ていたときは、日本のピンチの場面でも「大丈夫、大丈夫」と念じながら観戦していたのだが、あらためて試合の映像(特に延長戦以降)を見てみると、あれほどロングボールで押し込まれ、何度となく際どいシュートを打たれながら、よくぞ119分までリードを保てたものだと思う。そんなことをあれこれ反芻(はんすう)していると、いきなり「香川真司が骨折」との報が入ってきて慌てた。骨折個所は「右足第5中足骨」、すなわち右足小指の付け根ということらしい。当然、29日の決勝戦には出場できなくなった。好事魔多しとはいうが、予想外のアクシデントにしばし言葉を失った。
25日の試合後、ミックスゾーンに現れた香川は、普通の状態で取材に応じていたそうである。この日の午前の練習は休んで、ドーハ市内の病院で診察を受けて、初めて骨折が判明。ザッケローニ監督も、当初は「大丈夫だと思う」と語っていたそうだから、本人にとってもチームにとっても(そしてもちろん日本のファンにとっても)、まさに青天のへきれきであった。次のオーストラリア戦を香川抜きで戦うことは、日本にとって大きな痛手となることは間違いない。代わりに起用されるのは誰か? 中盤の構成はどう変化するのか? 所属するドルトムントはどうなる? 香川自身のキャリアの今後は? 不安と焦燥が入り混じる疑問が、次々と浮かんでは消える。とはいえ、今はただ1日も早い回復を祈るしかない。そして、香川が心おきなく治療に専念できるよう、日本代表には7年ぶりとなる「アジア制覇」に向けて、さらに結束を強めてほしいところである。
キ・ソンヨンのパフォーマンスについて
日本戦でPKを決めて喜ぶキ・ソンヨン(左)。このときのパフォーマンスが議論を巻き起こすことに 【写真:AP/アフロ】
一応現場(というか私の周囲)の状況を説明しておくと、この件は同業者の間でほとんど話題になっていなかった。記者席で観戦していたときも、そのようなパフォーマンスがあったことは確認できなかったし、リプレー映像でも見た記憶がない。現地のメディアも同様だ。英国BBCや中東アルジャジーラのニュースは、何度となく日韓戦の試合内容と結果について映像を交えながら報道しているものの、いわゆる「人種差別」に関する言及は全くなかった。ちなみにMMCにいた韓国人記者に、この問題について感想を求めたところ「われわれも正直、困惑している。(パフォーマンス自体は)全く必要のないものだったと思う」という答えが返ってきた。当然の反応と言えよう。
日本のあるニュース番組では、この件が「FIFA(国際サッカー連盟)のアンチ・レーシズム(反人種差別)キャンペーンに抵触する可能性がある」と解説していたそうだが、いささかピント外れのように思えてならない。ヨーロッパ系の選手が、アフリカ系やアジア系の選手(あるいはチーム)に対して、このような行為を行えば大問題だが、今回のケースはまったく事情が異なる。韓国人が日本人をやゆするために「サルのモノマネ」をしたところで、第3者はもちろん日本の側も、それを差別と気付かなかったはずだ。この件が、キ・ソンヨンのツイッターでの発言によって、ようやく騒ぎになったという経緯を考えれば、いかに「大げさ」であるかが理解できよう。ゆえに「人種差別」や「歴史問題」を持ち出すまでもなく、純粋に個人のマナーの問題であると考えるべきである。
現在、セルティックに所属するキ・ソンヨンは、スコットランドリーグで相手チームのサポーターから「モンキー・チャント」を受けた経験があるという。同じアジア人として同情の念を禁じ得ないが、自身が受けた屈辱を同じアジア人に振り向けるのは、どう考えても筋違いである。「自分がされたくないことを、他人にしてはいけません」というのは、親から受けるしつけの基本だと思うのだが、22歳になったばかりの青年はもう忘れてしまったのだろうか。後輩が起こした問題について、同じセルティックに所属するチャ・ドゥリは「あってはならないこと」と、これまたツイッターで告白。一方、パフォーマンスの映像を見ると、キャプテンのパク・チソンが止めるようなしぐさをしているのが確認できる。今ごろは立派な先輩たちに諭されて、本人も反省しているのではないか。
キ・ソンヨンは才能豊かなプレーヤーであり、とりわけそのプレースキックは日本にとってかなりの脅威であった。間違いなく韓国代表の次代を担う逸材であり、今後も着実なキャリアアップを重ねることで日本の好敵手であり続けてほしいとも思う。それだけに、今回の一件はいろいろな意味で残念であった。今後もし、日本戦に出場してゴールを決めることがあったら、せっかくの二枚目を台無しにするようなパフォーマンスではなく、クールなガッツポーズできれいにまとめてほしいものである。日本のサポーターには、そちらのほうがよっぽど悔しいのだから。
<この項、了>
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