芸術性の女王、アンナ・ベッソノワの美しき闘志=新体操・世界選手権

椎名桂子

前回大会の女王、アンナ・ベッソノワ。芸術性の高さが魅力で、日本でも人気が高い。そのベッソノワにとって、世界選手権は苦い戦いとなった 【榊原嘉徳】

 新体操の世界選手権が9月7〜13日、三重県伊勢市の三重県営サンアリーナで行われた。大会はロシアの19歳で北京五輪女王、エフゲニア・カナエワ(ロシア)が個人種目5冠を達成した。一方、前回2007年大会の女王、アンナ・ベッソノワ(ウクライナ)の戦いは――。

自信が失意に変わった2日間

 アンナ・ベッソノワは、01年の世界選手権での個人総合3位を皮切りに、03年、05年は銀メダル、07年にはついに金メダルを獲得している。その間、アテネと北京、2つの五輪でも3位。この10年、常に世界のトップレベルに君臨し続けてきた選手であることは間違いない。
 しかし、その輝かしい実績にもかかわらず、ベッソノワには「悲運」のイメージがある。それは、ベッソノワの演技が熱狂的に観客に愛されているわりに、一番高く評価されることが少なかったためにほかならない。
 音楽や感情、ストーリーを演技によって描ききる力は比類ない、と評されながら、金メダルには縁が薄い。そのベッソノワが、前回(07年)の世界選手権で手にした女王の座を守れるかどうかが、今回の世界選手権の1つの見どころだった。
 大会前の記者会見では、ベッソノワから「コンディションは最高。私の新しい作品をみなさんに評価してもらうのが楽しみ」と自信に満ちた言葉が聞かれた。
 この自信にはおそらく、今年から採用された新ルールに裏付けされていたと思われる。 新ルールはベッソノワに味方するはず、だった。少なくともベッソノワやウクライナ陣営はそう信じていただろう。昨年までのルールでは「動きと音楽の調和」「構成の多様性」「空間・フロアの使用」などのいわゆる「芸術性」の評価は、20点満点のうちのわずか1.5点にすぎなかった。それが、今年からは30点満点中の10点を占めるようになったのだ。「芸術性」ではベッソノワの右に出るものはいないということは、だれもが認めている。つまり、新ルールはベッソノワには有利、なはずだった。

個人総合決勝のロープ演技で、美しくフロア上を舞うベッソノワ 【榊原嘉徳】

 しかし、大会初日からベッソノワには厳しい現実が突きつけられることになる。少々のミスがあっても28点台をたたき出す、北京五輪チャンピオンの19歳エフゲニア・カナエワに対して、ベッソノワは小さなミスがあったとはいえ28点には届かない。2日目には、ロシアの3人はそろって28点台。カナエワにいたっては28.900をマーク。この得点をベッソノワが知っていたかどうかは分からない。しかし、その直後のフープでベッソノワは落下・場外という致命的なミスを犯し、戦意喪失にも見える演技となってしまう。
 確かにベッソノワの演技は、見る人の心をとらえる魅力にあふれている。しかし、もともと実施できる難度(身体的な技)のレベルはロシア勢のほうが高いのは事実だ。さらに、下ろしてはいけないところでかかとが落ちる、ピボットの途中で移動するなど、ベッソノワは実施で不確実なところが多かった。これでは、D(難度)やE(実施)の評価でロシア勢には勝てない。
 しかも、ベッソノワ優位のはずのA(芸術)さえもカナエワが軽く9.500を超えていくのに対して、ベッソノワはなかなか9.500を超えられない。ロシア選手の中では表現力に難ありと言われているカプラノワでさえ、予選種目では芸術点を9.500に乗せているのに、だ。つまり、新ルールのいう「芸術性」とは、限りなく難度の高さに比例した評価なのだと、はじめの2日間でそう思い知らされたように思う。

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著者プロフィール

1961年、熊本県生まれ。駒澤大学文学部卒業。出産後、主に育児雑誌・女性誌を中心にフリーライターとして活動。1998年より新体操の魅力に引き込まれ、日本のチャイルドからトップまでを見つめ続ける。2002年には新体操応援サイトを開設、2007年には100万アクセスを記録。2004年よりスポーツナビで新体操関係のニュース、コラムを執筆。 新体操の魅力を伝えるチャンスを常に求め続けている。

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