【ライフスキルトレーニング】第3回全体講義振り返りインタビュー:樋口隼人/山本釉未

日本陸上競技連盟
チーム・協会

【JAAF】

大学生アスリートが、高い競技力を獲得する同時に、競技以外の場面でも広く活躍できる人材に育つことを目指して、日本陸連が実施している「ライフスキルトレーニングプログラム」。昨年12月からスタートした5期生に向けたプログラムも中盤を迎えています。受講者たちは、講義やグループワークを通じて「自分の最高を引き出す技術」を学び、それをどう使いこなしていけばよいか、日常のなかで実践トレーニング。それらの成果と思われる場面が、2月8日に行われた3回目の全体講義でも随所でみられるようになってきました。

その第3回全体講義は、前回の全体講義で出た課題(自身に起きた予期せぬ出来事をピックアップし、仮説思考による対応にチャレンジする)について、個々の取り組みを報告し合うグループワークからスタート。各グループで挙がった内容を全員で確認していくなかで、仮説思考のサイクルを回すことの有効性や実施におけるポイントを改めて認識しました。

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その後、講義は、この日の本題へ。前回から解説が行われている『オリンピックメダリストに共通する5つの特徴』の3つめとして「内発的モチベーション」を挙げた布施努特別講師が、ここで題材として紹介したのが、Apple社の創業や経営によって世界に大きな変革をもたらした人物として知られるスティーブ・ジョブズ氏の映像です。受講者たちは、ジョブズ氏が母校スタンフォード大学の卒業式で行った「伝説の名スピーチ」の映像を全員で視聴したのちに、グループワークで感想や意見をディスカッション。そこで挙がった声を、布施特別講師によるトップアスリートの事例紹介や心理学的なアプローチからの解説も含めて共有していくなかで、自身の能力を最大限に引きだし続けるためには、“内から生まれるもの”を起因した動機づけ(内発的モチベーション)が有効で、それを「大きな目標」として据えることができると、大きな活力の源になることを理解しました。

2時間強の全体講義に続いて、この日は、スペシャルゲストとして福島千里さん(女子100m・200m日本記録保持者、順天堂大学)が参加。布施特別講師と対談を行ったのち、受講者たちからの質問に答えました。対談では、布施特別講師から投げかけられた問いにより、競技に向き合ってきた福島さんの意識や考え方が明らかに。ここまでの講義で受講者たちが学んできた「仮説思考」「ダブルゴール」「縦型思考」「CSバランス」などの概念を、福島さんが日常のなかで自然に駆使し、自身の目指すことを徹底的に突き詰めていた様子が示されました。また、受講者からの質疑応答では、1つの問いに対して、福島さんが逆に受講者へ質問したり、布施特別講師がさらに問いを重ねたりするなかで、内容をより深めていく場面も。1時間以上にわたって行われたこの対話は、受講者にとっては、自分たちが今身につけようとしているスキルが、実際の競技場面でどう活かせるのかを知る貴重な機会となりました。

全体講義終了後に、受講生へインタビューを行い、印象深かったことや自身の考え方に生じた変化などを聞いていくなかで、ライフスキルトレーニングの効用を紹介していく「全体講義振り返りインタビュー」。3回目の今回は、樋口隼人選手(筑波大学3年、110mハードル)と山本釉未選手(立命館大学1年、5000m)に話を伺っていきます。

自分の活力の源泉となる内発的モチベーションを理解

――第3回全体講義は、布施さんの講義の時間と、福島さんを招いてのトークセッションの2部構成で展開されました。全部で3時間を軽く超える(笑)長丁場となりましたが、まずは、全体講義を振り返っていただきましょう。それぞれに、心に残ったこと、「こう感じた」と思うことを聞かせてください。

樋口:内発的なモチベーションのところですね。「自分の目的自体に楽しさを見出して、モチベーションと感じられるか」という内容だったのですが、この話を聞いたときに、僕の中で、1回目の全体講義で聞いた「役割性格」の話と繋がりました。というのも、先日、ちょうど役割性格について改めて考えていたところだったんです。「今、自分は陸上競技を選択して手段として好きにやっているけれど、陸上競技の何が楽しいのかを考えたうえで、その“楽しい”を最大限つくるために、どんな取り組みや工夫をしていくと、モチベーション100%、120%でトレーニングできるかな」というのを考えていたのですが、そこを深掘りすることが結果的に内発的なモチベーションを見出していくことや、将来予測の話題で出た「正確性より納得性」(※取り組んでいることが正しいかどうかよりも、自分が納得して取り組めているかどうかが大切という考え方)ということに繋がっていくのではないかと感じました。

――自分が「陸上競技が楽しい」と思える内発的モチベーションを見つけていくのに、役割性格を使っていこうと思ったということ? そこが“繋がった”ということですか?

樋口:まさに、そこです。今日、繋がりました。

――ここまでの全体講義やグループコーチングでのコメントを伺っていると、樋口選手の場合は、いろいろな事柄の一つ一つが繋がってくると、思考がスムーズに働くようになるのかなと推察していました。今回は、その部分が、樋口選手にとっての発見になったわけですね。

樋口:はい、そうですね。このあとに話していくことになると思いますが、福島さんの話の中にも、前回の全体講義で少し疑問として残っていたこと繋がった部分があり、その疑問を解消することができました。バラバラにつくっていた思考が、講義を重ねるなかでちょっとずつ繋がってきているのが嬉しいです。

――では、最初の全体講義のころよりも、どんどん面白くなってきているのでは?

樋口:はい、会話が楽しいですね。最初のころは、グループワークでみんなとディスカッションしているときでも、「あれ、どういう意味なんだろうね?」「あれ、難しいね」といった内容がけっこう多かった(笑)のですが、今は、ほかの人が何を考えているかを聞いて、「僕は、こう思った」「僕なら、こう考える」とか、「そこ、突き詰めたら、もっと良くなるかもしれないよね」とかいう会話ができるようになっています。最初よりも充実してきているなと思います。

――なるほど。互いの考えを話したり、想いを共有したりするなかで、皆さんの間で心理的安全性が高まってきたことも影響しているのかもしれませんね。山本選手は、どんな感想を持ちましたか?

山本:私も、今日の講義を振り返ると、「内発的モチベーション」は気になりましたが、それだと樋口さんとかぶってしまうので(笑)、別のことを。

――お気遣い、ありがとうございます(笑)。

山本:最初のほうの仮説思考に関する説明のところで、将棋の羽生善治九段の例が紹介されて、「情報が増えるほど正しい判断ができるかというと、必ずしもそうではない。必要な情報のみで判断する」という言葉がありました。私、思考に時間をかけすぎてしまうことが自分の短所だと思っていて、「より長い時間、深く考えたら、もっといい案が出てくるのではないか」と考えてしまう傾向があるんですね。でも実際は、必ずしもそうではないわけで、自分に必要なのは、もっと必要な情報だけで判断できるようになることなのかなと感じました。

――「必要な情報のみで判断する」というのは、仮説思考のサイクルを繰り返し回していくなかで、データ(情報)は増えていくけれど、同時に、増えたデータのどれを判断に使えばよいのかが明確になるので、結果的に必要な情報のみで判断することが可能になるという説明のところですね。ここは、2回目の全体講義で布施さんが話していた「捨てる技術」にも繋がっています。山本選手は、今回、自分が何かを判断する際に、材料となる情報を絞っていくこと、つまりは必要でない情報を「捨てる」ことの大切さが、改めて理解できたのかもしれませんね。

山本:はい、そうですね。あと、最初の全体講義のころは、わからないことばかりで、樋口さんも話しておられましたが、グループワークでは初めのころは話が続かず、時間をもてあますこともあったのですが、少しは意見を言えるようになってきたなと思いました。思考力ということでは、まだまだ年上の皆さんには全く及ばないのですが、上回生(上級生)に食らいついて話を理解しようと頑張ったり、ディスカッションに自分の意見をどう差し込んでいこうかと考えたりできるようになってきたのは、自分の成長した部分かなと感じています。

女子スプリントの歴史を切り拓いた福島さんから学んだこと

――福島さんのトークセッションでは、どんなところが心に残りましたか?「なるほど自分もやってみよう」と思ったこととか、「こんな考え方があるんだ」と新発見だったことはありましたか?

樋口:冒頭のところで、福島さんはとにかく負けず嫌いという話をされていて、まず、そこが僕とは違うなと感じました。僕は、負けるのが嫌というよりは、「自分がこれくらいやれるはずと計画してきたところが、うまく行かずに試合もダメ」というのが一番悔しいんです。だから、そういった考え方の違いがあるうえで、どういう話になるのかなと想いながら聞かせていただきました。

――樋口選手は、「課題を見つけたときに、“これをやったら、こういう感覚ができて、ここに変化ができるだろう”という順番でないと、うまく練習をつくることができない。なので、コーチから“これをやってみろ”と言われても、その自分の考えのどこに埋まるのかがわからないと、しっくり来ない」という自身の特徴も示したうえで、練習前に課題があるとき、どういう視点で、その日の目標を設定しているのかを福島さんに尋ねました。福島さんの考えや、布施さんからの心理学的側面からの説明を聞いて、どう感じましたか?

樋口:今の環境には、僕よりもずっと速い方や、ずっと賢くて、いろいろ考えている方もいて、競技について、もちろん会話をすることはあるのですが、そうした会話をしても、自分の考えから踏み出していくことができず、結局、「その考えを踏まえて、自分のやり方に落とし込むならどうかな」と考えていたんです。でも、今日の話を聞いて、「たまには、ドリフト(実践中に生じた気づきを、すぐに取り入れていくやり方)でやってみてもいいのかな」と思いましたね。自分よりも強い選手と一緒に練習し、その選手が何を考えてやっているのかを軸にして取り組んでみて、新しい発見を見つけるのも面白いかな、と…。これから合宿などがあるので、敢えて今までのやり方からちょっと出て、やってみようかなと思っています。

――樋口選手は、最初のころから、「自分でいろいろ考えたうえで取り組み、それを証明していくことが好き」と話していました。このプログラムを受けて、「ああ、自分のやっていたことは、仮説思考だったんだ」と気づいたのでは?

樋口:はい。そこは僕のなかで、元から大切にしてきたことでした。

――では、その仮説を、今度は、自分が今までやったことのない考え方で立ててみたらどうなるかということに、これから挑戦していこうと考えているわけですね。

樋口:そうですね。大学に入って、コーチの谷川聡先生と話す機会が増えたなかで、かなり変わってはきたものの、自分で答えを考えて、やってみた結果、それが合っていた→成長を実感できた→嬉しいという考え方で、高校生のころからずっとやってきたので…。

――かなり大きなチャレンジといえそうですが、それによって、今までになかった自分に気づくことができるかもしれませんね。

樋口:はい、そう思います。

――山本選手は、いかがでしたか? 短距離と長距離ということで、もちろん違いはあると思うのですが。

山本:そうですね。すごく心に残ったのは、ライバルのいいところを、自分は全部合体させてようと思っていたという話です。そういう考え方をされていたことに驚きました。

――当時、一緒に練習していた北風沙織選手の速いピッチと、寺田明日香選手の力強いストライドを、自分は両方とも目指そうと考えていたという部分ですね。

山本:私も、ほかの人と一緒に走るなかで、「ああ、いいフォームだな、きれいなフォームだなあ」と感じることはあるのですが、特にピッチ型とストライド型って対極的なものというか、どちらかしか極められないと思っていたので、その両方をという発想に、自分の固定概念が大きく覆されました。

――山本選手は、どっちのタイプですか?

山本:私は、基本的にピッチです。自分の体型からピッチしか戦えないと思っていたのですが、「ピッチもストライドもできたら強いよね」と福島さんが考え、自分で変えていこうとしたところに衝撃を受けました。自分はストライドの広い人の走りを見て、「あれができたら、強いだろうな。でも、できないから自分の持っている武器(ピッチ)で戦うか」と思っていたけれど、今ある武器で戦うのではなくて、武器となるものを自分で手に入れていかなければならないんだなということに気づけたのは、本当にすごい収穫だったなと思います。

ライフスキルトレーニングによって日常の取り組みにも変化が

――全体講義を重ねてきたことで、お二人とも、理解度が深まってきたように感じています。ご自身で変化を感じていることはありますか? あるいは、周囲の方々から「変わってきたね」と言われたりはしていませんか?

樋口:僕が一番変わったなと思うのは、トレーニングのなかでどこを重視するかというところです。いろいろなところで話してきたように、僕は、いろいろと紐付けて考えがちなので、シンプルな体力トレーニングよりも技術トレーニングのほうが好きだったのですが、でも、フィジカルもやっぱり必要ということで、体力トレーニングをするときも、必ず技術的な要素を組み込んでやってみることに取り組んでいます。ただし、先ほども出たドリフト的な取り組み方でやってみて、そこからある種の実験みたいなところをもっとつくっていけるようになるといいのなとも考えています。

あと、今日、もう1つ、すごく学びがあったのは、ダブルゴールの部分です。「大きな目標、小さな目標」「最高目標、最低目標」について、前回の講義で理解はしていたものの、「今、僕がやろうとしていることは、どこに位置するのか」が少しふわっとしていたんです。しかし、今日、福島さんがされていた「最低目標」の話を聞いて、普段自分がやっている部分にあてはめることができ、「あれが最低目標になるのだな」と、きちんと理解することができました。

――ああ、そこが最初に触れていた「福島さんの話で繋がった部分」ですね。最低目標が明確になると、それに対する最高目標もはっきりしてきますよね。そして、そこから紐付けていく感じで、小さな目標と大きな目標も見えてきたようですね。それは、今後の実践に向けて、大きな収穫になりそうですね。

樋口:はい、そう思います。

――山本選手はいかがですか? 何か変化を感じていますか?

山本:私、以前、(杉村憲一)監督に「私、自分で練習メニューを立てたり、自主練(習)したりするのが苦手なんですよね」と話したことがあったのですが、つい最近、監督と一緒に走っているときに、「最近、かなりできるようになってきているよ。自分で考えてトレーニングすることも、いろいろな行動自体もちゃんと自分の意思を持ってできていると思うよ」と言ってもらうことができたんです。今まで自分に意思の弱さや考えの甘さがあり、「自分がどうしたいのか」が定まっていないことを課題に感じていたのですが、最近になって、自分の軸らしきもの…まだすごく細いのですが(笑)…感じられるようになってきました。ライフスキルトレーニングを重ねていくことで、それを太くしていけそうな確信が生まれて、ワクワクする気持ちを持てています。

――山本選手は、最初のころは、「自分に軸がない」「ふわっとしている」と話していました。講義でいろいろな考え方を理解し、日常で実践していくなかで、そこがくっきりしてきたことを実感できるようになってきたのですね。

山本:はい。最初は、講義で出てきたワードの一つ一つの意味を考えるだけで精いっぱいでしたし、自分に「まだ1回生だから」という甘えもあったなと思います。でも、ディスカッションなどで、上回生の話を聞いていくうちに、自分とのギャップを感じて、「いったい何が違うんだろう」と探すようになりました。また、今回、福島さんのお話を聞くことができて、自分との違いを改めて実感することもできました。それは、ライフスキルトレーニングプログラムを受講して、交流していなければ気づけなかったこと。本当に受講してよかったなと思っています。

――全体講義も、いよいよ次回で最後。第4回は合宿形式での開催となるので、また新たな発見ができそうですね。ここまでの取り組みが、2025年シーズンの活躍に結びつくことを楽しみにしています。本日は、ありがとうございました。
(2025年1月28日収録)

文・構成:児玉育美(JAAFメディアチーム)

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