ロッテ吉井監督 3年目の2025年も対話重視。心の声に素直になり言葉を発する。選手たちの本音を引き出す。

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千葉ロッテマリーンズ吉井理人監督 【千葉ロッテマリーンズ提供】

 2024シーズンも吉井理人監督は要所で選手を集めミーティングを開いた。様々な場所で、様々なタイミングで指揮官としての声を発した。それはすべて戦う集団として、なにかのキッカケが必要なタイミング、チームが前に進む上で自らの言葉で選手たちを奮い立たせる必要があると思った時だった。しかしここまでの2年間を振り返ると監督就任後、一度だけ、一人の人間として心から思う声を聞いて欲しくてミーティングを招集した時があった。

 それは2023年5月14日 エスコンフィールドでのファイターズ戦。14時試合開始のデーゲームの練習前に選手たちをダグアウト裏のスイングルームに招集した。この日は母の日だった。

 「皆さん、今日は母の日です。きょうは皆さんの一番のファンであり、誰よりも応援してくれているお母さんのためにプレーをしてください。いつもより、ほんのちょっとでいいので、お母さんの事を想ってグラウンドにいってください」

 その目は少し潤んでいるようにも見えた。この少し前。吉井監督は母を亡くしていた。千葉から北海道での移動休日となった5月12日。一人、チームを離れて和歌山に飛び、告別式を執り行ってから、北海道入り。「周りに気を使わせたくない。言う必要はないと思っている」とあえて選手たちには知らせずに再び合流。グラウンドでは、いつも通り、笑顔で選手たちと触れ合い、気丈に振舞った。その変わらぬ雰囲気に誰一人として深い悲しみを背負っていることに気づくことはなかった。

 5月13日のファイターズとの初戦に0対5で敗れ、迎えた翌日の2戦目。母の日だったこの日の宿舎出発前にふと思った。「これまで母さんになにかしてあげれたかなあ。親孝行は出来たのかなあ」。だから、練習前に選手たちを集め、一人の人生の先輩としてメッセージを伝えようと思った。

 「先輩方から『親はいつまでもいないよ』とはよく言われてきたけど、なかなかその実感はなかった。親孝行は出来る時にしないとできなくなるというのは本当だったと改めて思う。最後はずっと闘病生活を続けていて話をすることも出来なくなっていた。選手たちもみんなお母さんとこういう機会に向き合って欲しいなあと思って伝えさせてもらった」と吉井監督はこのミーティングの意味を教えてくれた。

 この日の試合は5対2で勝利をした。みんなピンクのリストバンドを腕につけて最高のプレーをした。試合後、吉井監督も母を思い返していた。

 野球が好きだった。現役時代、メジャー移籍後もアメリカまで試合を見に来てくれた。ニューヨーク、デンバーも遊びに来てくれた。
 
 「ニューヨークでは自分がいない時にわざわざアメリカ人の管理人に『いつも息子がお世話になっています』と挨拶をしていたらしい。向こうにはそんなことを挨拶する文化はないのにと思った。楽しい人だった」と思い出す。
 
 吉井監督は前年2022年12月に父を亡くし、2023年5月に母を亡くした。2人とも野球が好きだった。残念ながら両親には監督として采配を振るう姿を見せることはできなかった。ただ野球好きだった2人はきっと喜んでくれているだろうと思う。監督3年目となる2025年。目指すはリーグ優勝、そして日本一だ。

 これからも対話を大事にしながらチームマネジメントをしていく。時にはまた人生の先輩として若い選手たちに伝えたいと思うことも出てくるだろう。そういう時は心の声に素直になり、話をするつもりだ。大事なのは心と心を通じ合わせる事。勝敗に関係ないから話をしないというドライなものではない。相手の話を聞く。そして話す。聞きたいのは建て前ではなく本音。だからこそ、こちらも心を伝えなくてはいけない。3年目もまた対話重視で選手たちがやりやすい環境作りを行いながら勝ち星を重ねていく。

文 千葉ロッテマリーンズ広報室 梶原紀章

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