ロッテ横山陸人 高校時代に叶わなかった甲子園の舞台も、プロでは甲子園デビュー。粋な計らいでの登板をキッカケにして成長

千葉ロッテマリーンズ
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千葉ロッテマリーンズ横山陸人投手 【千葉ロッテマリーンズ提供】

 12月11日。プロ5年目を終えた横山陸人投手が契約更改を終え、会見に挑んだ。時間が過ぎるのは早いもので、もう5年の月日が流れた。今年は侍ジャパンに選ばれるなど43試合に登板をして防御率1・71の成績を残した。マリーンズには欠かせないセットアッパーだ。

 思えばプロ入り最初の登板は甲子園だった。5月26日のタイガース戦。プロ2年目の横山が2番手として2点ビハインドの六回からマウンドに上がった。高校時代、甲子園出場機会のない横山にとってプロ初の一軍登板は初めての甲子園という舞台となった。

 「行くぞと言われていたので準備はしていましたけど、甲子園で投げるということは不思議な感じでした。緊張というかフワフワした感じで投げました。準備をしているときはストライクが入らなかったらどうしようとか、打たれたらどうしようとか不安でしたけど、いざマウンドに上がったら開き直って集中することは出来ました。点を取られなくて良かったです」

 横山本人は謙遜気味に振り返るが、サイドから繰り出す150キロを超すストレートでグイグイと押し、1回を無失点。甲子園のマウンドで躍動する姿でタイガースファンをも魅了していた。当時、敵将として一塁側ベンチにいたタイガース矢野燿大監督も「すごくイキのいいピッチャー。いい球を投げる」と絶賛したほどだ。

 並みの19歳ならプロ初登板で緊張のあまりコントロールが定まらず四球になりそうなところ。しかし背番号「60」はこの大舞台に燃えた。

 「四球が一番いけないと思っていた。一軍の打者とせっかく勝負できる機会をいただいたのに四球で逃げるのは、もったいない。ストライクゾーンでガンガン勝負をしていこうと思いました」とその時の心境を振り返る。「もったいない」。その気持ちこそが結果をもたらした。
 
 甲子園でのデビューをキッカケにその後も快投を続けた。交流戦終了までに7試合登板をして防御率1・29。7イニングを投げて7つの三振を奪うアピールを続けた。甲子園に縁がなかった若者は大舞台をキッカケに変えた。

 舞台を用意した吉井理人監督(当時投手コーチ)も「甲子園での3連戦のどこかで投げさせようと思っていて、本人にも行くぞとは言っていたけど初登板でなかなかすごい投球だった。最近の若い子は凄いなあ。緊張しないもんなあ」と目を細める。そして「あのストレートはなかなか一軍の打者でも1打席でアジャストすることはできないと思う。もっともっとこのストレートを磨いていって欲しい」と若者の無限の可能性について語った。なお、この甲子園3連戦では同期入団で同じ年の佐々木朗希投手もプロ初勝利を挙げている。

 高3夏の県大会は4回戦で八千代松陰に1-5で敗退し高校時代に目標にしていた甲子園出場は適わなかった。夏の大会後、母の実家のある兵庫に帰省した際に甲子園に足を運んだ。それが初めての甲子園だった。グラウンドでは星稜対智辯和歌山の試合が行われた。その試合をバックネット裏から観戦した。同じ年の奥川恭伸投手がマウンドで躍動する姿があった。試合は延長十四回。それでも150キロを超えるストレートを繰り出し、サヨナラ勝ちを呼び込む奥川の姿に刺激を受けた。あれから2年後。これまで縁のなかった甲子園で想像もしていなかった鮮烈なデビューを果たした。

 2025年の目標は50試合登板。そしてマリーンズの勝利の方程式となりチームを勝利に導く事。リーグ優勝の欠かせぬピースとなる。

文 千葉ロッテマリーンズ広報室 梶原紀章

千葉ロッテマリーンズ横山陸人投手 【千葉ロッテマリーンズ提供】

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