いつまでも“等々力”は、特別な場所(後編)

川崎フロンターレ
チーム・協会

【(c)KAWASAKI FRONTALE】

高円宮杯 JFA U-18サッカープレミアリーグ 2024 EASTで優勝をめざし、その先のファイナルで勝つために―。

9月7日は、U等々力でFC東京と対戦する。

その指導者たちも、かつてのフロンターレ戦士たちであり、それぞれの心に特別な想いがある。

※リンク先は外部サイトの場合があります

Story3~ トレーニング“貯金”は、いつの日かピッチに立った時のため U-18GKコーチ/浦上壮史

【(c)KAWASAKI FRONTALE】

8月17日(土)、J1第27節 横浜F・マリノス戦で早坂勇希がホーム・U等々力でJリーグデビュー戦を飾った。

早坂がアカデミー時代のGKコーチである浦上壮史は、正座をして、キックオフ時間を迎えたという。その1週間前のFC東京戦当日、浦上は、U-18選手たちと一緒に麻生グラウンドに来ていた。この日はサブに入っていた早坂が調整のため体を動かしているのを見て、いつものように「頑張れよ」と声をかけていた。

「デビュー戦は、ほろ苦い部分もあったと思いますが、ここからどう消化して、やっていくか。ポジションは与えられるものではなく、掴み取るもの。そのためには常日頃からの準備が大事だぞっていう話はアカデミー時代から何度も勇希には言ってきました。試合に出るようになるとコンディション調整や対戦相手の対策も必要になるから、あまりトレーニングの時間がとれない。だからこそ、出ていない時期は質を上げるチャンスだし、突き詰めて練習ができる。プレーの貯金を増やしているようなもの。それを試合の緊張感のなかで出せるかというと、冷静な状況判断も必要で、プレッシャーがかかるなかでよりよい判断をするためには、やっぱり日頃の練習が大事ということになる。GKにとっては、あいつが守ってくれているから頑張ろうと周囲からの信頼も得られることも大事。勇希にとっては、等々力は特別な場所だと思うし、大学を経由してフロンターレだけをめざして、等々力でプレーすることを目標にやってきた選手なので、まずはそこに立てた、ということ。ここからですね」

フロンターレU-18時代の早坂勇希と浦上GKコーチ 【(c)KAWASAKI FRONTALE】

浦上は、横浜マリノス(当時)、清水エスパルスを経て1997年にフロンターレに加入。2004年にフロンターレで現役を引退した後、清水エスパルスのGKコーチなどを経て2012年からU-18チームのGKコーチを務めている。そのため、安藤を除いて脇坂を筆頭に現在トップチームに在籍しているアカデミー出身者のU-18時代を知っていることになる。

「懐かしいですね。キャプテンだったヤストたちの世代がJユースカップではじめてベスト4まで進み、敗退した時に『俺らは全国優勝できなかったけど、お前たちならできる』と涙しながら(板倉)滉や(三好)康児たちに伝えてたことは覚えていますね。(山田)新は、昔から努力の人でした。今の選手たちもやっているウォーターバックの一番重い、確か30kgをかついで左右に上半身を振りながら文句のつけようがないキレイなフォームでやっていました。あいつを見てると、まだまだうまくなるし、伸びしろってわからないものだなって思います」

選手時代から「ガミさん」と慕われ、 若手選手とも全体練習後に常にシュート練習に励む姿があった 【(c)KAWASAKI FRONTALE】

2023年にはAnker フロンタウン生田ができ、筋トレ施設や練習後にすぐに食事を摂れる食堂ができた。歴史を知る浦上にとっては、その価値を選手たちに伝えることも心掛けているようだ。

「今トップでやっている選手たちがアカデミーにいた頃は、今よりずっと大変な環境でやってましたから。だから、先輩たちのおかげで今があるんだぞっていう話はよくします。前はグラウンドがジプシー状態で常に探していたし、練習試合もJクラブとはなかなか組めなかった。川崎球場で練習をしていた時には、屋根下のわずかなスペースで筋トレしたり、パスコンしたり工夫して練習していました。いまは、トップチームのチームバスも貸してもらったり、サプライヤーの支給があり、食事もすぐにできる。(三笘)薫や(田中)碧が生田に来たときにも、うらやましいって言ってましたね。恵まれた環境に甘んじずに、可能性があるからこそ、自分にベクトルを向けてほしい。大学に行くと、常に助言してもらえたことや、恵まれた環境にいたんだなと初めて気づいたとよく卒団した選手たちが言います。とにかく、自分の可能性は自分でしか広げられないし、上(トップ)に手が届く環境にいることに気づいて、1日1日を大事に使ってほしいと思います」

浦上は、GKに必要な俊敏な動き、ジャンプやステップワークなどを現役時代のメニューも取り入れてトレーニングを行っている。これは、“Gトレ”(通称ガミトレ)と呼ばれ、成長過程の選手たちにとってはキツくもあり、後に振り返ってそれがあったから、体が動くようになったと感謝する選手も多い。来年度の加入が発表された神橋良汰や高井幸大もGトレに招集されていたメンバーだった。

また、GKならではのつながりでいえば、今年のオフシーズンに、浦上にとっても念願だったというアカデミーすべてのカテゴリーのGK選手とコーチングスタッフ、そして現役選手の安藤と早坂も交えてAnker フロンタウン生田で集うことができた。

「アンちゃんとユウキがキャッチングとかキックをデモンストレーションして、アドバイスもしてくれました。普段僕たちが伝えていることと同じことでも、現役選手から聞くと入ってくる感度が違うというか(笑)。トップと近い関係になり、ソンリョンも麻生グラウンドで練習に参加したGKにグローブをプレゼントしてくれたり、ありがたいですよね」

U-18選手たちへの声掛け、PKの順番決めやセットプレーなど要所を担っている 【(c)KAWASAKI FRONTALE】

浦上は、こんなことを言っていた。

「もしこの先、GK含めて8人以上アカデミー出身の選手がスタメンに名前を連ねたら、そのときはもう自分の人生で思い残すことはないです」

暑かった夏を終えて、等々力でリーグ戦が再開する。

Story4~ 等々力は、いつまでも特別な場所 U-18監督/長橋康弘

【(c)KAWASAKI FRONTALE】

日本クラブユースサッカー選手権(U-18)大会は、悪天候に翻弄された群馬ラウンドで、ヴィッセル神戸、サガン鳥栖というプレミア勢と同組。初戦となるブラウブリッツ秋田U-18戦で、どれだけ得点差をつけて勝利できるかということも想定していただろうが、脆くも敗れてしまう。今年からグループリーグは1チームのみ勝ち上がるというレギュレーションのなか、最後の1分1秒まであきらめずにゴールに向かい、“奇跡的”に掴み取ったグループリーグ突破。西が丘の地に戻ってからも死闘は続き、準決勝のアビスパ福岡U-18戦は、アディショナルタイムに柴田翔太郎と土屋櫂大のホットラインによりゴールが決まり同点。この日、選手たちの頭には「またか」と過ったという。それが、「また引き分けなのか」「また負けてしまうのか」というネガティブなものではなく、「またいけるのか」という奇跡的な展開を信じて得られた決勝の舞台だった。

40分1本という変則的な決着のつけ方になった決勝は、結果的にガンバ大阪U-18が優勝し、フロンターレU-18は準優勝に終わった。

あの敗戦から、長橋は何度も映像を観て、見るたびに細部への気づきを得たという。

「岡田武史さんが言われていた“勝負の神様は細部に宿る”という言葉がありますよね。まだ悔しい思いが残りながら映像を観ていたときに、ふとその言葉が思い出されました。まさにそれだと痛感したんですね。ほんのちょっとしたことで勝敗が分かれる。だったら、そのちょっとのことにこだわらなければいけないですよね。それを公式戦だけこだわってやっていたらできるかといったらそうじゃない。日常から細部にこだわっていかないといけない。それは例えば失点のシーンだけではなく、ゲーム運びだったり、駆け引きだったり、ということも入ってくるかもしれない。ゲームの運び方ひとつとっても、プロ選手になるならそこもめざすべきです。そういういろんな話を夏休み期間ということもあり、選手たちと話す時間もいつもより長くとって私から伝えたこともあるし、選手たちの考えていたことを聞けたところもありました。とにかく日常から細部にこだわってやっていかないと、結局あともうちょっとだったねということになってしまう。まだまだ成長しなければいけないところがたくさんある。それを見つけられたのがある意味プラスでした。もし優勝していたら、私自身それを気づけず、見つけられずに終わっていたと思います。私自身が一番それを痛感させられた学びある敗戦でした」

決勝の舞台だけでなく、多くのサポーターが駆けつけてくれることに感謝を忘れない長橋監督 【(c)KAWASAKI FRONTALE】

同じ出来事ひとつに対して、気づきを自ら積極的に得ようとすれば、無数に課題を作りだすことができるし、その気づきの先にあるものが理想の姿だとすれば、そこに到達するために修正すべき点や行動すべきことが見えてくるということもあるだろう。それを、誰よりも監督自身があの敗戦から突き詰めて考え抜いていたのだと感じた。

「でも、これだけは言ってあげたい。彼らはクラブの歴史を塗り替えました。今回の戦いは、その勝ち方を含めてすごいことです。彼らにしかできないことをやり遂げたのは、これまでの努力が実を結んだからです。それは成長を感じたし、褒めてあげたい。ただ、あともうひとつ上があるということ。新たな気づきも得られ、残された課題をどう先につなげていくかが大事だと思います」

ドラマチックな真夏の経験をしたフロンターレU-18の選手たち 【(c)KAWASAKI FRONTALE】

喜び以上の悔しさも味わったクラブユース決勝。歴史を塗り替えた 【(c)KAWASAKI FRONTALE】

この夏の悔しさの矢印をどこへ向けていくのか。

「選手たちは最高の舞台で負けてしまったという最高に悔しい思いをしました。これを、あの悔しい思いをしたおかげで今があるよねって言える時が来るとしたら、ファイナルに勝つしかないよね。それを共有しました」

「自分自身で気づいて、変えて、努力して、自分の成長に自分で気づけるようになってほしい」と長橋監督。「卒団するまで自分が思える限りのことは伝えている」とも話す 【(c)KAWASAKI FRONATLE】

9月7日は、いよいよU等々力でプレミアリーグ再開の試合となる。

1997年に清水エスパルスから加入し、フロンターレの右サイドのスペシャリストとしてJ1昇格やJ2降格など紆余曲折なクラブの歴史をなぞり、2006年に引退。その後も、フロンターレアカデミーで指導を続ける長橋にとっては、U等々力は選手だった時代と変わらずいまでも特別な場所なのだという。

「現役時代から変わらないのは、等々力は特別な場所でありホームであり、あのサポーターの前でやるということは、力をもらえて自然に勝つイメージができるんですね。フロンターレらしいサッカーをサポーターの皆さんに見せて、喜んでもらえるように選手たちに力を出し切ってもらいたいと思います」

(取材・文:隠岐麻里奈)
  • 前へ
  • 1
  • 次へ

1/1ページ

著者プロフィール

神奈川県川崎市をホームタウンとし、1997年にJリーグ加盟を目指してプロ化。J1での年間2位3回、カップ戦での準優勝5回など、あと一歩のところでタイトルを逃し続けてきたことから「シルバーコレクター」と呼ばれることもあったが、クラブ創設21年目となる2017年に明治安田生命J1リーグ初優勝を果たすと、2023年までに7つのタイトルを獲得。ピッチ外でのホームタウン活動にも力を入れており、Jリーグ観戦者調査では10年連続(2010-2019)で地域貢献度No.1の評価を受けている。

新着記事

編集部ピックアップ

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着コラム

コラム一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント