「一流の選手は一流の人格者」社会に変革を起こすアスリートたちに学べ

チーム・協会

【photo by Shutterstock】

アスリートと言えば、自らの身体能力を高めよりよい記録を残すことに邁進する存在というイメージがある。しかし最近では、SDGsなどを持ち出すまでもなく、社会課題に積極的に取り組むアスリートも増えつつある。気候の明らかな変化を自分事として捉え、なんとかしなければいけないと立ち上がった、ノルディックスキーのオリンピアン渡部暁斗選手もそのひとり。そんなアスリートを支え、サステナブルな企業活動に活かしているアパレルメーカーがAllbirds。同社で日本代表を務める蓑輪光浩氏に、社会課題に取り組むアスリートたちの姿、そしてスポーツが社会課題の解決にどう貢献するかなどについて伺った。

アスリートとともに社会課題へ立ち向かうAllbirdsの活動

地球温暖化防止にスポーツの力で貢献し、雪を次世代に残すために、CO2排出量を実質ゼロ(カーボンニュートラル)で競技活動を行うことを決めたノルディックスキー複合の渡部暁斗選手の“エコパートナー”となったAllbirds。2年目の取り組みに関して行われたプレス発表会で発言する蓑輪氏(左)と渡部選手(右) 【 photo by Kazuhisa Yoshinaga】

蓑輪氏は、自然由来の再生可能な素材を使用しサステナブルに取り組むシューズ・アパレルメーカーAllbirdsで現在日本代表を務めているが、以前は、ナイキやユニクロ、レッドブル、そしてビル&メリンダ・ゲイツ財団(マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏が、妻のメリンダ氏とともに2000年に設立した財団)などに所属し、アスリートと協働する形で広告戦略やマーケティングの仕事に携わってきた。そんな氏が現在籍を置くAllbirdsは、設立の経緯からして気候変動への取り組みを前面に押し出しており、問題意識を同じくしていた渡部選手と繋がったのは自然の流れだったと言えるだろう。そんなAllbirdsとは、いったいどのような企業なのか?

「Allbirdsは、ニュージーランドの元プロサッカー選手とバイオテクノロジーの研究者が出会い、環境に対する負荷を抑えた革新的なものづくりで世界を変えていくことを目指して設立したスタートアップ企業です。全ての製品には、“カーボンフットプリント”といって、それを作ってお客様に届けるにあたって排出される温室効果ガスを二酸化炭素に換算した数値を明記しています。その数値を2025年までに半減し、2030年には限りなくゼロにまで減らすという目標を掲げています」(蓑輪氏、以下同)

【資料提供:Allbirds】

Allbirdsがサステナビリティに取り組むに当たっては、渡部選手のようなアスリートへのサポートはもちろんのこと、二酸化炭素を削減する再生型農業と協働して再生型農業ウールを使用したシューズを作り出すなど、サポートは多方面にわたっている。

「さまざまな専門分野の方とつながれば、彼らの持っている知見を商品の開発に生かしたり、お互いに学びながらブランドの幹を太くすることができます。さらに、そのような専門家のみなさんが社会を変革するゲームチェンジャーの役割を担うことによって、社会に行動の変革が起きることも期待できると考えています」

一流の選手は、一流の人格者であり、背負っているものが違う

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蓑輪氏は、アスリートの社会課題への取り組みについて、忘れられない人物がいるという。

「以前、プロテニス選手のノバク・ジョコビッチ選手をサポートする仕事をしていたことがあったんですが、彼の社会の課題に対する思いには驚かされました。彼はユーゴスラビアの出身で、練習をする場所が戦争による爆撃でどんどん狭まれていく体験をしています。“自分は幸いにもドイツに留学しテニスを続けることができたけれども、戦争のせいで選手生命を潰されてしまった同年代の選手たちも大勢いた。自分は彼らの才能に対して責任を負っているんだ”とよく言っていました。多くの超一流の選手と接した経験から、彼らは同時に超一流の人格者でもあると実感しました。背負っているものが違うんだと感じました」

アスリートをめぐる環境は、世界各地で異なる。その点、海外の選手と日本の選手では、メンタリティに違いを感じたと語る蓑輪氏。しかし、最近は世界の社会課題が身近になり、そうも言っていられない時代になったとも見ている。

「日本で子どもたちがスポーツをするというと、以前は“部活”が中心でした。高校野球なら甲子園、サッカーなら全国高校サッカー選手権を目指すというのが第一目標でしたが、今はそれだけではない。人格教育を重視する指導者も増えていますし、日本国内でスポーツだけをやっていていいのだろうか、と考えるアスリートも多くなっています。世界に出るならダイバーシティのことを知らなければいけない。自分の活動を通して社会に返していかなければならないと考えているアスリートが目立つようになってきていますね」

Allbirdsが気候変動への取り組みで渡部選手をサポートすることになったのは2022年からだが、実は蓑輪氏は、ビル&メリンダ・ゲイツ財団にいたときにも、渡部選手に声をかけている。同財団は、アジアやアフリカなどの途上国が抱えるマラリアやポリオなど感染症の対策や貧困撲滅といった分野で、さまざまな形の支援を行っている世界最大規模の慈善団体だ。

「ゲイツさんは、人の命は平等であるはずなのに、東南アジアやグローバルサウスと呼ばれる地域では、安価な風邪薬が買えずに死んでいく子どもたちがいるのはおかしい、世界の損失であるという考えを持っています。それをスポーツの力で変革するというミッションが僕に与えられました。社会への影響力を持っているアスリートに貧困国の現状を知ってもらって、発信していただこうと思って、渡部選手にもまずガーナに行ってみませんか? とお声がけしました。ガーナは野口英世博士を記念した研究所があったり、日本とも関係の深い国なのでいいと思ったんですが、渡部選手は気候変動に関心があるということで、実現はしなかったんです」

アスリートの活躍を目にすることによって力を与えられた経験のある人は、たぶん少なくないだろう。彼らの努力を見て、それに続こうとする次世代が現れるケースも多く、アスリートのアクションは影響力が大きい。ゲイツ氏が“スポーツが社会を変革することができる”と考えたことは納得できる。
その後、Allbirdsで仕事をすることになった蓑輪氏は、渡部選手に再会。競技の場に欠かせない降雪が年々減っていることに危機感を覚え、自らのヘッドギアの広告主を募集していた渡部選手をサポートし、共に気候変動への対策に取り組むようになったのだ。

スポーツを通して社会課題を自分ごととする人格形成を

【photo by Kazuhisa Yoshinaga】

蓑輪氏が渡部選手をサポートしている中で印象的だったのは、「気候変動は自分ごとだ」という言葉だったのだそう。自分の専門とする競技に焦点を定め集中しているからこそ、身近な社会の課題が、自分ごととして強く迫ってくるのかもしれない。

「僕は元々スポーツ好きで、そのためにスポーツ用品メーカーに就職を決めたぐらいでした。今はあまりしていないのですが、息子やそのあとに続く孫たちにはスポーツをしてほしいと思っているんです。スポーツをすれば肉体は健康になり、友だちとの絆は深まるし、適切な指導で人格も形成される。でも、それだけではなくて、社会に対して環境に対して少しでも負荷をかけないような行動を取ること。それは、僕が今Allbirdsで働いている理由でもあるのですが、スポーツをすることによって社会課題を自分ごととして捉えて欲しいということが理由としてあります。昨年の夏は、記録的な猛暑と言われていましたが、今年はもっと暑くなるでしょう。屋外でサッカーや野球は出来なくなるかもしれません。体育館はエアコンをガンガンかける必要が出てくるでしょう。そんな環境を少しでも改善するために、親御さんは子どもたちを迎えに行く際に、自家用車を使わず公共の交通機関を利用する、可能なら自転車でもいいのではないでしょうか。小さなことから変えていくことを子どもたちと一緒に実行していきましょうと言いたいですね」

Allbirdsが掲げている大きな目標は2つ。25年までにカーボンフットプリントを半減するのは、ほぼ達成の見通しが立っているのだという。30年までにほぼゼロにすることに対しては、まだ課題があるそうだ。

「毎日ある程度の距離を歩く人は、1日1万歩以上歩き、靴には体重の5倍から10倍ぐらいの負荷がかかります。つまり、いくら自然由来で環境に良いと言っても、耐久性が担保される素材でなければいけない。Allbirdsは、マテリアルイノベーションカンパニーですから、そういう素材を見つけて製品化する。かつお客様から信頼される商品であることも重要なので、それが目下の一番の課題ですね」

蓑輪氏に話を聞いてみたいと思ったのは、ノルディックスキーの渡部選手の記者発表会に出席したのがきっかけだった。ナイキやユニクロ、ビル&メリンダ・ゲイツ財団などでの働きを通じて、アスリートの社会課題への取り組みについて語っていただきたいと考えた。最近日本でも若いアスリートなどは特に、社会課題を自分事としてとらえ、素早いアクションを取る人が増えてきた。私たちも彼らを見習い、サポートし、自らも行動したいものだ。

text by Reiko Sadaie(Parasapo Lab)
資料提供:Allbirds
photo by Kazuhisa Yoshinaga, Shutterstock

※本記事はパラサポWEBに2024年5月に掲載されたものです。
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