慶大の4番打者から三井物産を経て、キャリア迷子に!? 体育会の酸いも甘いも知り抜いた男が見出した、スポーツ経験を積む本当の大切さ
【photo by Yoshio Yoshida】
前編では、自分の強みと弱みを分析して能力を伸ばす練習方法やキャプテンや副主将を務めたことで身についたリーダーシップなど、自身の野球経験から得られた強みについて話を伺った。続く後編では、木下さんが社会に出てぶつかった壁を克服し、キャリアアドバイザーとして起業に至った道のり、そしてアスリートの支援を行うなかで見えてきた、体育会系人材が知っておきたい本当の自己分析やスポーツ経験を積む本当の大切さについてお伝えしていく。
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海外で直面した実力主義の世界。学生時代の自己分析不足からキャリア迷子に
取引先であった米国ブランズウィック・コーポレーションの現地社員と撮影する、三井物産時代の木下さん 【(写真は本人提供)】
木下さんがそう後悔するのには訳がある。三井物産に入社後、アメリカと中国に駐在し、物資商材の輸出入や三国間商売を担当していた木下さんは、その地で日本の年功序列とはまったく異なる、実力主義の世界をまざまざと見せつけられる。
「アメリカに行けば、成果を上げられないとすぐにクビを切られてしまうシビアな世界があり、中国に行けば、転職を重ねることで好待遇を獲得したり、スキルを向上させる世界がありました。一方、日本企業はといえば、世界で“ジャパン・アズ・ナンバーワン”と称えられた輝きをバブルの崩壊とともに失っていた時代。そのせいで実力も人柄も申し分ない優秀な先輩たちが、会社を離れざるを得ない現実を目の当たりにし、自分にも武器となる専門性がなければ、これからの社会の荒波を乗り切ることはできないと痛感しました」(木下さん)
本来であれば、学生時代にもっと広い視野で「自分の強みは何なのか?」「その強みが発揮できる業界や職種は何なのか?」と、より深い自己分析を行うべきだったと語る木下さん。自分ならではの専門性が発揮できる道に進むべく、今一度、自分の適性に合った環境を模索することとなる。
あらためて自分の強みを見つめ直すことで出会えた、アスリート支援という天職
今回お話を伺った木下博之(きのした・ひろし)さん。慶応大学野球部、三井物産、PR会社の株式会社サニーサイドアップを経て、株式会社ナイスガイ・パートナーズを起業。野球選手を中心にトップアスリートから大学体育会部員まで、選手との対等なパートナーシップを意識しながら、彼らの将来を見通したエージェント業務やキャリア支援業務を行う 【photo by Yoshio Yoshida】
「きっかけは大学野球を共にした巨人軍の高橋由伸選手でした。彼とは社会に出てからもプライベートな関係で交流を続けていたのですが、その周りにはいつもメディア関係者の方たちが取り囲み、その一挙手一投足に多くの人々が関心を寄せていました。ところが、試合で結果を残すことだけに専念したい若い彼にはその自覚があまりなく、『せっかくの影響力が上手く活用されていないのでは?』と思わされることも……。彼だけでなく、一流のアスリートにはそうした選手も多かったので、じゃあ、私がそのサポートを担えないかと思ったわけです」(木下さん)
入社後は、社長直下の特命案件を中心に、中田英寿氏や北島康介氏、杉山愛氏らプロアスリートのサポート業務を担当。スポーツ関連以外でも、日本版ホワイトバンドや日本郵便のカーボンオフセット年賀状を普及させるプロジェクトのリーダーを務め、PR部長として日本郵政グループや日本ユネスコなど、多岐に渡る業界のPR案件を担当した。
サニーサイドアップ時代に、木下さんがリーダーとして推進した日本版ホワイトバンドプロジェクト 【(写真は本人提供)】
「ホワイトバンドとは、”社会課題を知ってもらうため”の啓発活動であり、当時のG8などの主要国政府に発展途上国の貧困問題解決を働きかけるアドボカシー(政策提言)キャンペーンの一つでした。とても有意義な取り組みだったのですが、なかなか世の中の人たちに自分ゴトとして捉えてもらいづらい非営利活動だったため、どうすればより多くの人や企業に興味をもってもらえるのか、キャンペーンの本質的な価値や魅力、その伝え方について徹底的に関係者と議論して考え抜きました。最終的にはアスリートや文化人の方たちの影響力をお借りしたPR戦略を実行するなか、この経験がプロアスリートの強みを見つけ、その価値を最大限に高めていく現在の私の仕事の原型となったのです」(木下さん)
強みとともに知ってほしい、木下さんも直面した体育会系人材の「弱み」
【photo by Yoshio Yoshida】
自身もスポーツに打ち込んできたからこそ経験できた、『ああすればよかった』という反省とこれまでのPR経験を活かし、選手たちがいつまでも輝き続けられるようなキャリア支援を行うことは、木下さんにしかできない特技のひとつとなっている。そのうえで木下さんは、次のようなことを伝えたいと強く語る。
「それは体育会系人材には企業から高く評価される強みがある一方、特有の弱みもあるという傾向です。目標を与えられたら、それを達成する能力は非常に高いのに、目標を自ら定めるのが苦手なことがある。特に一流のアスリートとして頑張ってきた人たちは、監督やコーチがお膳立てしてくれたレールの上を一つひとつゴールをクリアしながら走ってきているので、そもそも目標を自分で決めるという経験を積んでいないケースも多いです」(木下さん)
かくいう、木下さん自身も小中高大とその時々で与えられたゴールを達成しながら一貫して野球に取り組み、そのまま「みんなが良い」という企業にストレートに就職するのが正しい道だと思っていたそうだ。
「でも、本当は全然そんなことなくて、遠回りをしながらでも、肥やしとなるような失敗経験をたくさん積んだ方が、この変化の激しい不確実な社会では強いと思うんです。特に若いうちは、留学など通じて異文化や異分野に触れ、自分の実力のなさを知る機会が大切。それにより視野がグッと広がり、『自分はどういう人間なんだろう?』『何ができるんだろう?』『何がしたいんだろう?』『どんな人になりたいんだろう?』と模索することで、進むべき目標が明確に見え、自分の本当の適性もわかるようなりますから」(木下さん)
体育会系人材にはスポーツ経験を通じて獲得した強みと合わせて、こうした弱みについても分析してほしいと語る木下さん。「だから、部活動に取り組む学生でも途中で自分の限界を知って競技転向し、新天地で結果を出せた人材は強いと思います。自分の強みを自身で分析し、それを活かすにはどんな競技を選べばよいか、自分の頭で考えた経験をもっているはずですから」と強調する。
失敗を恐れ、安易に正解を求める今の時代にこそ必要な、体育会系人材の真の「強み」
【photo by Yoshio Yoshida】
「スポーツの価値というのは、自己研鑽だったり、勝利を掴むための努力だったり、いろいろあると思うんですが、私はかけがえのない仲間がつくれたり、チームワークが築けたりと、人とのつながりを深められるところにあると思っています。というのも、社会に出てから取り組む仕事のほとんどは人と協力しながら進めるものですし、生成AIなどのテクノロジーが進化するこれからの世の中では、よりいっそう人との関わり合いの中でしか人間がやるべき仕事は生まれないはずです。そんなときに必要とされるのは、人間関係を築くことができるコミュニケーション能力。実はそれこそが、体育会系人材がスポーツ経験を通じて獲得している一番の武器ではないかと思っているんです」(木下さん)
事実、木下さんも学生時代の野球生活から社会に出てからの適職探しまで、決断に悩むことも多かったそうだが、その度に人に助けられ、ここまで来れたという。「恩師や同期、先輩や後輩など、人に恵まれたことが私の誇りです」と木下さんは語る。
そして続けて、「でも、それ(人に恵まれる)には人として実直でいることが大切かもしれません」と強調する。
「体育会系人材の時に正直過ぎとも感じる誠実さや礼儀正しさは、これまでの積み重ねがもたらす特性だからこそ、人間関係を構築するうえでのアドバンテージになるんです。私の会社もナイスガイ・パートナーズと命名しましたが、そこにはそうした意味合いやお互いを尊重し合えるナイスガイとパートナーシップを組みたいという想いが込められているんです」(木下さん)
体育会系人材の強みと聞くと、ストレス耐性の高さや鍛え抜いた体力といった表面的なことばかりが思い浮かびがちだ。ところが、慶応大学野球部で実績を残し、それを武器に社会に出てからもさまざまな経験を積んできた木下さんが考える真の強みとは、意外にも人とのつながりを深められるコミュニケーション能力やそれを円滑にする誠実さや実直さだった。
仕事や人生に王道なし。失敗を過度に恐れ、安易に正解を求めがちな今の時代だからこそ、やはり必要なのは「正攻法でいく地道さ」なのかもしれない。そんな大切なことに気づかせてくれる素晴らしいインタビューとなった。
text by Jun Takayanagi(Parasapo Lab)
photo by Yoshio Yoshida
※本記事はパラサポWEBに2024年3月に掲載されたものです。
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