J1通算100試合目と誕生日。2つの節目に決めた、仲間隼斗の2ゴールの裏にあったものとは。「サプライズができる人だったんだね」。

鹿島アントラーズ
チーム・協会

【©KASHIMA ANTLERS】

「こんなサプライズができる人だったんだね」
 家に帰って妻にそう言われると、2人そろって笑顔になった。

 2024明治安田J1リーグ第1節、2月23日の名古屋グランパス戦。この日は、仲間隼斗の妻の誕生日だった。普段からサプライズでプレゼントを渡したり、レストランを予約することはない。「というか、できない」と仲間は笑う。

「毎年、開幕の時期なんですが、これまでも特に気にすることもなかったんです。今年も全然気にしていなかったんですが、たまたま試合が重なって。家に帰ってから『いやあ、ゴール取っちゃったね。誕生日にこんなサプライズプレゼントできるのは、多分これが一生で最初で最後かもしれないね』なんて話をしました」

 仲間は2ゴールの活躍で鹿島アントラーズを開幕戦勝利に導いた。完勝に見えるスコア3−0。勝利そして2ゴールの背景には、仲間らしい過程があった。

日頃の継続が表れたリーグ開幕・名古屋戦での2ゴール

 名古屋戦は、自身のキャリアで初めてのJ1リーグ開幕スタメンだった。

「素直に楽しみでした。準備してきたことを試す楽しみが7割くらい、あとは大丈夫かなっていう不安が3割ぐらいの気持ちでしたね。今年はポポヴィッチ監督になって、キャンプからすごく細かいところまで言われたり、練習で落とし込んだりしていたので。それをJ1クラブを相手にどれくらいできるかを見定めるじゃないけど、そこがすごく楽しみだったんです」

 4-2-3-1の左MFとして仲間は先発出場。85分まで出場し、前線からのプレスで相手に強度の高いプレッシャーをかけ続けた。さらに19分と62分の2度にわたってゴールネットを揺らした。

「正直、2点ともチームで取ったもの。最後に自分がそこにいたぐらいのゴールなので、何か神様がプレゼントしてくれたのかな、くらいにしか思っていません。僕はどちらかというと、ゴール以外のプレーの方が大事。もちろん点を取ることが1番大事なことはわかっていますが、僕の場合は、そこまでの過程が抜けたらダメな選手だと自分自身では思っているので。2点取れたことは、すごくうれしいですが、もっとその過程のところで、攻撃にしても、守備にしても、もっと突き詰めていかないといけないなと思っています」

 1点目はコーナーキックの流れからチームメートの植田直通が競り勝つことを信じて動き出し、2点目はカウンターから最後まで走り切ってポジションを取り切った。一つひとつのプレーに一切の妥協はない。

「やり切ることは自分にとって課題だった部分です。特にゴールに関わる最後のところはずっと思っていたこと。名古屋戦に関しては、それが体現できた。ポポさんの指導では、足を止めないとか、予測して動くことを常に言われています。それが1点目も2点目にもつながった。1点目はナオ(植田選手)のプレーを予測して動くことができた結果だし、2点目はカウンターでしたが、あそこまで走ってスプリントした後でも、少し相手を見る余裕があった。日頃の成果というか、トライし続けている結果だと思うので、そこは自分のなかで評価してあげていいかなと思います」

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昔より“心のゆとり”が持てるようになった理由。

 名古屋戦で、J1リーグ通算100試合出場を記録した。初めてのJ1リーグ出場が2020シーズン。28歳のときから積み重ねてきたものだ。2011シーズンにJ2のロアッソ熊本でプロ生活をスタートさせ、J1の舞台に個人昇格してからというもの、数字上は毎年20試合以上出場してきたが、自らのパフォーマンスに納得できない日々が続いた。

「試合に出ていなかったわけではないですが、自分のパフォーマンスが全然上がってこないとか、なんでこんなに出ているのにという思いとか、いろいろあった上で、少しずつ考えが変わっていったんです。割り切るようになったというのかな」

 経験を積み重ねたことで、自分のなかで俯瞰する視点が生まれてきた。まず今の自分に集中する。突き詰めて至った答えが、「今の自分に矢印を向ける」ということだった。それが余裕につながりいい循環が出てきたと実感している。

「振り返れば、J2時代は試合に出れちゃっていた感覚がありました。J1を経験していなかったら多分そういう考えには至らなかったと思います。やはり、自分にとって初めてのJ1だった柏レイソルで試合に出られない時間も過ごしたなかで、実力のなさとか能力のなさにすごく気づかされた。やっぱりまず自分の力を伸ばさないといけない。その思いから、だんだんそう考えるようになってきましたね」

 試合に出る出ないは監督が決めること。自分で変えられないことに目を向けるのではなく、自分のできることに集中するということだ。

「まず自分に何ができるのか。ずっと思っていることですが、それが自分にとって、心のよりどころになっています。やっぱりチームとしての結果は、自分だけでどうこうできる問題ではない。相手があって、チーム内のコンビネーションとか、いろいろあった上での結果だと思うので。でも、そのなかで自分ができることをやったかのか、やらないのか。その判断ですね。それは日々の練習もそうですし、自分の持っているものをチームに還元するという思いでずっとやっています。そのなかで、自分自身の成長も忘れずに、もちろん試合に出られなければ悔しい気持ちはありますが、でも、それで何かを変えることはなるべくしないようにと心掛けています。だからなのか、昔より心のゆとりを持てているので。それがいい方向にいっているんじゃないかなと思います」

ホーム開幕戦では、サポーターの心が燃える心の瞬間を見たい。

 J1での101試合目はカシマスタジアムで迎える。今日3月2日、セレッソ大阪戦だ。
「やっぱりアウェイ開幕とホーム開幕では、もちろん違うものがあります。ホームでできる最大限のメリットは、ファン、サポーターの方々の前でみんなにサポートしてもらいながらプレーできること。それがすごく楽しみでしかない。なおかつ、ポポさんのサッカーをみんなの目の前で体現できるいいチャンスだと思っています。みんなにまた応援したい、一緒に戦いたいと思ってもらえるようなプレーをしたい。そういう試合展開とか試合ができれば勝ってるなっていうのは、なんか見えているんです」

 仲間はイメージしている試合後のカシマスタジアムの光景を、一つひとつ言葉にして紡いでいった。

「勝ちに目を向けるんじゃなくて、サポーターの喜んでいる姿や、心が燃えている姿を見たいんです。たぶんその結果、『あ、勝ってるよね』と思うんです。そういうゲームにしたいなって思っています」

 J1通算100試合のうち、一番印象に残る試合を聞くと即座に「一試合もないんです」と首を振った。満足はまだない。仲間の見据える先は、熱いアントラーズサポーターともに見る頂の景色だ。その瞬間を見据えて、今日3月2日のセレッソ大阪戦でも、カシマスタジアムのピッチでやり切るつもりだ。

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著者プロフィール

1991年10月、地元5自治体43企業の出資を経て、茨城県鹿島町(現鹿嶋市)に鹿島アントラーズFCが誕生。鹿角を意味する「アントラーズ」というクラブ名は、地域を代表する鹿島神宮の神鹿にちなみ、茨城県の“いばら”をイメージしている。本拠地は茨城県立カシマサッカースタジアム。2000年に国内主要タイトル3冠、2007~2009年にJ1リーグ史上初の3連覇、2018年にAFCアジアチャンピオンズリーグ初優勝を果たすなど、これまでにJリーグクラブ最多となる主要タイトル20冠を獲得している。

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