『井上大介』という生き方。(後編)

チーム・協会
退団を知らせるニュースへの反応が、ファンから彼への愛情と感謝の大きさを物語る。
入団してからクボタスピアーズ船橋・東京ベイ(以下、スピアーズ)の実力と人気を高め続けた井上大介選手が、11年目にジャージーを脱ぐ。

引退を決めたのは2年前、ベスト4入りした後のオフだと打ち明ける。どこかで満足してしまったことを自覚して、「前さん」と慕う前川泰慶チームディレクターへその年での退団を申し入れたという。その場で「日本一になるために絶対に必要だ」と説得されたと振り返る。

浅からぬ引退の決意に対して、大きな目標を掲げて慰留されたとき。
チームが目標を叶えるための自身の役割に、変化を感じたとき。
そして、約束したとおりに目標を達成したとき。
その胸に去来したものとは何か。

井上大介という非凡な才能を読み解くインタビュー。
インタビュアーの深い愛情に導かれて語る、15の質問。後編。

セットプレーの『静』からの鮮やかなパスワークも井上大介選手の真骨頂。テンポの良い攻撃で観る者の鼓動を高鳴らせた。 【クボタスピアーズ船橋・東京ベイ(ラグビー) オレンジリポーターyass.i】

がむしゃらに、理想のプレー

8.スピアーズの11年間で一番の試合は?
2年目ほぼ全部かな。あのときは、ただがむしゃらに捌きまくっていました。
当時はフォワード(FW、※)が小さくて、きつい試合も多かったのですが、苦しいラックでもとりあえず速く球を出すことに重点を置いていました。そのスピードが一番あったのが2年目です。
これという試合はいっぱいありますが、印象に残っているシーズンは2年目です。

※:スクラムを組む1~8番のポジション。対戦相手との接触が多く、パワーや体格に優れた選手が担うことが多い。

9.井上選手にとって良いスクラムハーフ(SH、※1)とはどんな選手ですか?
パスやキックが上手いとかテンポが良いというのは誰もが評価するところだと思いますが、僕にとっては、FWに「お前がハーフで良かった」と言われるような選手ですね。スマートというよりも、泥臭く。FWに指示するのがSHの仕事なので、リスペクトされないと、何を言っても通用しない。
2年目から5年連続で骨折してからは「今はやばい!」と無意識に頭が反応してディフェンシブになっていました。でも、昔は恐れずにタックルしていたんです。ガンガン行っていたからこそ、先輩だろうが関係なく指示していました。
めっちゃ生意気やったんで、入団してすぐにソークス(※2)とボロゲンカしたこともありますよ(笑)。

※1:スクラムやラインアウトなどのセットプレーや、モールやラックなどの密集地を形成するFWの近くで、攻撃時のボールの展開や守備の陣形のコントロールを担う司令塔。
※2:アランド・ソアカイさん。スピアーズには2011年にハイランダーズから移籍後、選手として5シーズン、2023年までコーチとして7シーズン貢献した。

フランカー・末永健雄選手を祝福する。FWの好プレーを誰よりも喜ぶ姿に、互いへのリスペクトが伝わる。 【クボタスピアーズ船橋・東京ベイ(ラグビー) オレンジリポーターyass.i】

『井上大介』を変えたもの

10.引退を考えるようになってからのモチベーションとなったものは?
ラグビーを続ける上でモチベーションになったのは、友達や先輩や後輩です。
自分をチームに必要としてくれた前さんの言葉は、本当に嬉しくて、すごく響きました。先輩の前さんが僕の存在をすごく認めてくれているんだなと感じたのは、正直結構デカかったですね。
前ほどのぎらつきはなくても、それでも「出たい」というのはあって、練習や試合は頑張れました。チームのみんなが頑張っているのを見て、「みんなと一緒に」という気持ちはずっとありました。
やっぱり、チームのことが好きなんでしょうね。一緒にやっているときは、自分がどうとかを忘れて、試合も練習も真剣に、ただ単にラグビーを楽しんでやっていました。
でも、一人になると、自分のラグビーについて考えてしまう時間が増えたかな。昔やったらゼロやった。

11.ラグビーへの取り組み方を変えたものは何ですか?
自分にとって一番大きかったのは、リハビリテーション以外の理由で初めて出場できなくなった1年目。それまでは「9番じゃないと意味ないやん」と思っていたくらいでした。
メンバーのときは、その日1日のやるべきことをどれだけ正確に達成できるかに集中していました。気持ちも含めて試合に向けて準備していく、ルーティンのようなイメージで動いていました。
でも、ブーストには(出場する)試合がないから、結構難しいところがあります。「どうせ練習で頑張っても試合に出られへん」と思う選手が増えるとチームがまとまらず、勝てなくなります。感謝はしていたものの、ブーストがどんな気持ちで「メンバーが良い試合をできるように」と頑張ってくれているのか、メンバーに選ばれているときには理解しきれていませんでした。
メンバーに良い圧をかけようと、円陣でもすごい声を出している(岡田)一平とか岡山(仙治)とか若手がいて、一緒に頑張れた。そこで、「俺も出場メンバーのためになろう」とめちゃくちゃ思いましたね。それはすごいモチベーションになりました。
2021-2022シーズンは出場を期待する気持ちもありましたが、ほんまに1年間出られへんかった。そのときに、「(出場している谷口和洋選手と藤原忍選手の)2人もいいし、一平も(古賀)駿汰も育ってきている。年齢のこともあるし、おそらく来年も自分は出場できないだろうな」と思いました。その代わり、ブーストからメンバーへ、めっちゃプレッシャーを与えてあげようと考えました。だから、練習中にわざとデカい声を出したりして、ブーストの後輩をどれだけ盛り上げられるのか、めっちゃ考えました。多分それは後輩も感じてくれているはずです。「あいつは頑張ってくれていました」と言ってくれるはずです。
最後に優勝するためにあそこで(メンバーから)落ちたと思っています。出来すぎ、言い過ぎかもしれませんが、振り返ったときに優勝の一部になれていたら最高やなと思いますね。

(左)ハドルでは的確な発言で味方の士気を高めた。(中央)岡田一平選手、(右)近藤英人選手。 【クボタスピアーズ船橋・東京ベイ(ラグビー) オレンジリポーターyass.i】

日本一たる良いチームの証

12.決勝の戦況をどのように観ていましたか?
いい勝負やなと思っていました。リードできた前半には「いける!」と思ったけど、相手チームが終盤に強いのは分かっていたので、後半に逆転されたときには「やっぱり来たな」と思いました。それでも最後まで分からないと思っていましたね。逆転トライをしても、「まだ分からん」というのが80分続きました。勝つとか負けるとかじゃなくて、「ただ応援するしかない」という心境でした。
チームの誰もが心底応援しているので、トライのときも優勝の瞬間もブースト同士で抱き合いました。どの試合もブーストが喜ぶのは良いチームの証やと思います。
勝ったときは、「やっと日本一を獲ったか」と。試合に出ていたわけではないのですが、僕もチームの一員だと思っていたので、「日本一になりました」という気持ちでした。

13.1年前に辞めなくて良かったと思いますか?
完全に思います。
一番は、前さんに感謝しています。あのときに引き留めてくれなかったら本当に辞めていたので。
人生でも、そうやって必要とされることって、そんなにないことやと思うんです。これで断ったら「男が廃(すた)る」じゃないですが、一生後悔すると思ったんです。
すごく嬉しくて、「やっぱり、ぜひもう1年」と思えました。
本当に感謝しています。

井上大介選手が考案した『ラグビーポーズ』は多くのファンに愛されている。 【クボタスピアーズ船橋・東京ベイ(ラグビー) オレンジリポーターyass.i】

『井上大介』の魅力、永久に

14.井上選手を好きなファンは、井上選手のどんなところを好きだと思いますか?3つ挙げてください。
あー・・・愛想が良いところちゃう?できるだけ会場に来る価値を持ち帰ってほしいと思うので、挨拶、握手、サインと、頼まれたら絶対に応えたいというのはあります。
かっこいい、顔が良いところが2つめで、3つめは・・・分かった!おしりがプリッとしてるところかな。
―――愛想とビジュアルで2つなので、3つめは選手としての魅力をお願いします。
やっぱり強気なところじゃないですか。相手とやり合うみたいなところが売りでもあったと思うので。それを楽しみにしてくださった方もいっぱいいると思います。

15.オレンジアーミーと、井上大介選手個人のファンへのメッセージをお願いします。
オレンジアーミーのみなさんには3回ほどチャンスがあったのでお伝えしましたが、弱いときからも、ここ最近でも、どんなときでもいつからでもウェルカムです。スピアーズを応援してくださって本当にありがとうございました。本当にみなさんのおかげで勝てました。
スピアーズファン以外のみなさんは、ラグビーポーズをしてくださったり、声をかけてくださったり。選手として活躍できたかで声をかけられる量は違うでしょうから、「今まで出場して来られたんやな」、「逆に出られへんようになって気を遣って声をかけてくれているんかな」と思いました。ラグビー選手として、ファンにみなさんと本当に幸せな時間を送ることが出来ました。
これからもグラウンドで見かけたら、いつでもガンガン声をかけてください。

【クボタスピアーズ船橋・東京ベイ(ラグビー) オレンジリポーターyass.i】

11年前に入団したルーキーには、アスリートの要たる、ある種の我の強さが備わっていた。
スピアーズの成長は、その新人を熱く受け止めたところから始まったのかもしれない。おもねることを良しとせず、共通の目標のために意見をぶつけ合い、チームの絆を育んだ。
加入してすぐから無二の個性を発揮した選手は、自らの才能を磨いてメンバー争いに勝ち続け、やがて、次代の選手を認めるときを迎えて引退を決意した。自らの美学を頑なに守ろうとするように。

不器用なほどに意志の強いベテランを、思い留まらせた者がいる。
出場メンバーだけでは成し得ない、チームの真の強さを支える者たちが集まる。
そして、ジャージーを掴み取ることのみに集中していた時代を経て、仲間への、チームへの、強くて深い愛情を改めて自覚した者がいる。
そのすべてが揃ったときに、スピアーズの優勝が約束されたのかもしれない。

ラグビー選手としての時代は栄光とともに幕を閉じたが、彼の人生は、この先も輝きを失うことはないだろう。
ユーモアたっぷりの、それでいて嘘のない言葉と笑顔は、どんな世界でもファンを増やし続ける大きな武器となるはずだ。
引退を決意してからの時間を『伸びしろ』に変えた経験が、その魅力に深みと拡がりをもたらしたはずだ。
『井上大介』の生き方を貫く限り、「ファン」は心を躍らせていられる。

井上大介選手のこれまでと、これからに、BRAVO!!


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写真・インタビュアー:クボタスピアーズ船橋・東京ベイ オレンジリポーターyass.i
文:クボタスピアーズ船橋・東京ベイ オレンジリポーターHaru
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著者プロフィール

〈クボタスピアーズ船橋・東京ベイについて〉 1978年創部。1990年、クボタ創業100周年を機にカンパニースポーツと定め、千葉県船橋市のクボタ京葉工場内にグランドとクラブハウスを整備。2003年、ジャパンラグビートップリーグ発足時からトップリーグの常連として戦ってきた。 「Proud Billboard」のビジョンの元、強く、愛されるチームを目指し、ステークホルダーの「誇りの広告塔」となるべくチーム強化を図っている。NTTジャパンラグビー リーグワン2022-23では、創部以来初の決勝に進出。激戦の末に勝利し、優勝という結果でシーズンを終えた。 また、チーム強化だけでなく、SDGsの推進やラグビーを通じた普及・育成活動などといった社会貢献活動を積極的に推進している。スピアーズではファンのことを「共にオレンジを着て戦う仲間」という意図から「オレンジアーミー」と呼んでいる。

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