『井上大介』という生き方。(前編)

チーム・協会
2023年5月20日、NTTジャパンラグビー リーグワン2022-23 決勝戦のホーンが鳴った。
歓喜に沸く国立競技場のスタンドにレンズを向けたカメラマンは、悲願を達成したクボタスピアーズ船橋・東京ベイ(以下、スピアーズ)を象徴するシーンを撮影できただろう。
ファインダー越しに見えたのは、選手と同じデザインのジャージーを着て、決勝を戦った選手を祝福する笑顔ばかりではなかったはずだ。
スピアーズがどのように強くなったのかを知っていれば、フレームに収まった光景に対峙したとき、迷わずシャッターを切ったに違いない。

観客席を鮮やかに彩るのは、準決勝から敵味方なく無料配布された『ブーストシャツ』。
ブーストシャツに染め抜かれた金青(こんじょう)色の背番号『24』をピッチに示しているのは、スピアーズファン『オレンジアーミー』だ。
24番目のメンバーたるオレンジアーミーがグラウンドに背を向けて、ピッチ上の23人の選手とともに見上げたのは、2階席。
視線の先の2階席では、美しいシャツの名前の由来である『ブースター』と呼ばれる選手たちが抱き合い、讃え合っている。
その歓喜の輪の中心は、入団当時から長らくスピアーズの顔として活躍してきた選手だ。

卓越した身体能力と分かりやすいジェスチャーで観戦初心者の目を引き、ハッとするほど美しいボール捌(さば)きで往年のファンを唸(うな)らせ、個性豊かな話術でラグビー場を沸かせる。
出場機会を減らしてからも、全ての仲間の能力をさらに引き出してチーム全体を鍛え上げ、試合ではブースト席から味方を鼓舞するエナジーを放ち続けた。
いつだって目の前の勝負に賭ける熱意をほとばしらせ、すぐに彼と分かる独特な魅力で強烈なインパクトを与えて、観る者の心に火を点ける。

井上大介という非凡な才能を読み解くインタビュー。
インタビュアーの深い愛情に導かれて語る、15の質問。前編。

井上大介(いのうえ だいすけ)/1989年11月16日生まれ(33歳)/奈良県出身/天理高等学校⇒天理大学⇒クボタスピアーズ船橋・東京ベイ(2012年入団)/ポジションはスクラムハーフ(SH)/愛称は「だいちゃん」 【クボタスピアーズ船橋・東京ベイ(ラグビー) オレンジリポーターyass.i】

最高の最後を叶えたもの

1.退団の経緯を教えてください。
2年前のオフに「引退しよう」と思い、昨季の開幕前の合宿で前さん(前川泰慶チームディレクター)に申し入れました。
その年にベスト4になって、どこかで満足してしまったんです。「熱がちょっと冷めた自分がチームにいては失礼だから」と伝えると、前さんが「2年間で日本一になるために絶対に必要だ」と引き留めてくださいました。
今季の活動が始まる前にも「ラストの1年にすべてを賭けて、試合出場を目指して頑張ります」と伝えました。そのときも「やる気になったら、いつでも戻って来てくれ」と温かい言葉をいただきました。その流れで最高の最後になった感じです。

2022年10月29日のRED XV戦では後半から出場した。 【クボタスピアーズ船橋・東京ベイ(ラグビー) オレンジリポーターyass.i】

2021年5月9日、託したバトン

2.トップリーグ最後の準々決勝当日。井上選手の体調不良により急遽スタートメンバーとして出場することになった谷口和洋選手にメッセージを送ったそうですね。どんなやり取りをしたのですか?
「ビッグチャンスや。ボールを捌(さば)きまくったら、ヴォッカ(谷口選手のこと)の良さが出るから、とりあえず全力で思い切り頑張ってくれ」と伝えました。
あいつは「来週は用意しといてくださいね」と言ってくれました。

3.出場したかった気持ちと後輩を応援する気持ちに、葛藤はなかったのですか?
まず、チームが勝つことしか考えていませんでした。
心の底から「本当に頑張ってほしい」と思って、「ちょっとでもリラックスできればいいな」とLINEしたことを覚えています。
「勝てば何でもいい」という気持ちしかなかったです。それはもうマジですね。
4.どんな思いで試合を観ていましたか?
良い試合やったと思います。ヴォッカも良いパフォーマンスやった。「自分も出たいな」と思いながら観ていました。
3日前から39℃以上の熱が出て身体が動かなかったのですが、試合が終わると、許可も得ずにすぐに走りに行きました。あの試合を観て「出番があるか分からない」と感じつつ、「早く身体を動かさないと」と思って、誰もいない場所で走ったことを覚えています。
―――居ても立っても居られなくなったということでしょうか?
そうですね。
多分、勝ったから、余計に出たくなったんだと思います。
再び自分にチャンスが巡ってくるか分からないと思いつつ・・・、やっぱり出たかったのでしょうね。

5.試合後の心境は?チャンスを逃したという気持ちですか?
いや。チャンスを逃したというよりは、「次の試合には出られるだろうか」と次のことばかり考えていました。
ヴォッカのパフォーマンスがすごく良かったので。
(準々決勝に出場したのが)僕やったら負けていたかもしれないじゃないですか。だから、「勝ってくれてありがとう。」と思いました。
(勝ち上がってくれたからこそ)また次のチャンスがあるので、そこに気持ちを持って行きました。

6.走りに行ったときの気持ちを詳しく聞かせてください。
「やばい」と焦ったのはあると思います。脅かされる存在が出てきたことを目の当たりにした瞬間でした。
本当にありがたいことに、9番(※)での出場が何年も続いて、怪我してもすぐにまた9番で出られる生活をしていました。後輩が迫ってきているのは分かっていましたが、(準々決勝という)デカい試合であいつやみんなが良いパフォーマンスをした。そのことによって、初めて、「本当にやばい」と脅威に感じた瞬間だったかもしれません。
今振り返れば「あれが脅威やったんかな」と思いますが、当時はほんまに応援していたから、勝ったときには真剣に嬉しかったです。焦りというより「次の試合に出るために何をしたらいいか」ということしか頭になかったですね。

※:9番は先発のスクラムハーフの背番号。ラグビーでは選手の個人番号は無く、ポジションで背番号が決まる。

主将の立川理道選手とは、4歳に「やまのべラグビー教室」でラグビーを始めてからのチームメイト。29年間、歴代のチームで共に勝利に貢献してきた。 【クボタスピアーズ船橋・東京ベイ(ラグビー) オレンジリポーターyass.i】

自らに求める美学

7.準決勝の試合を経てシーズンが終了した後、引退を考えた理由を教えてください。
自分の中で、身体の動きや球捌きなど、「全盛期より悪くなっているな」と思うところが増えていました。途中から怪我もするようになって、「昔の方がアグレッシブにガンガンしていたな」という感覚はありました。身体もいろいろ痛いし、プレーに激しさがなくなったと感じていました。
後輩が育っているとも思っていて、「自分が絶対に一番」というギラギラした気持ちがちょっと薄れているなと気が付きました。「スタメンじゃないと意味がない」と思っていたはずが、「あいつらも頑張ってるし、まぁええか」と思うようになって。「あかんな。失礼やな。」と。
一番を目指す奴ばかりの集団の方が確実に強くなる。100%がベストやと思います。日本一を目指すチームは、それなりの気持ちやモチベーションを持っていないといけないと思うんです。それに対して、「自分がちょっと外れてきたのかな」というのはありましたね。

公式戦最後の出場は、2022年3月5日 NTTリーグワン 第8節 静岡ブルーレヴズ戦。ジャパンラグビートップリーグ公式戦の最後の出場(2021年4月24日 プレーオフ初戦)、最初の出場(昇格後の初戦である2013年8月31日 1stステージ第1節)も、対戦相手は静岡ブルーレヴズの前身・ヤマハ発動機ジュビロであった。 【クボタスピアーズ船橋・東京ベイ(ラグビー) オレンジリポーターyass.i】

正しい競争が息づくチームには、「不動のレギュラー」は存在しない。
「レギュラー」と認識されるのは、その選手が己の才能をたゆまず磨いてメンバー争いに勝ち続けた結果しか見えないからだ。
競技スポーツは、ある選手がどれだけ優れていても、より強い者が現れれば苦杯を喫する厳しい世界だ。

入団当時から常にジャージーを掴んできた井上大介選手からピッチが遠ざかる。
この2シーズン、彼を支えたものとは何か。

後編では、その答えに迫る。


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写真・インタビュアー:クボタスピアーズ船橋・東京ベイ オレンジリポーターyass.i
文 :クボタスピアーズ船橋・東京ベイ オレンジリポーターHaru
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著者プロフィール

〈クボタスピアーズ船橋・東京ベイについて〉 1978年創部。1990年、クボタ創業100周年を機にカンパニースポーツと定め、千葉県船橋市のクボタ京葉工場内にグランドとクラブハウスを整備。2003年、ジャパンラグビートップリーグ発足時からトップリーグの常連として戦ってきた。 「Proud Billboard」のビジョンの元、強く、愛されるチームを目指し、ステークホルダーの「誇りの広告塔」となるべくチーム強化を図っている。NTTジャパンラグビー リーグワン2022-23では、創部以来初の決勝に進出。激戦の末に勝利し、優勝という結果でシーズンを終えた。 また、チーム強化だけでなく、SDGsの推進やラグビーを通じた普及・育成活動などといった社会貢献活動を積極的に推進している。スピアーズではファンのことを「共にオレンジを着て戦う仲間」という意図から「オレンジアーミー」と呼んでいる。

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