アジアツアーレポート【4】JICA連携事業の第一歩はベトナムから

川崎フロンターレ
チーム・協会

【© KAWASAKI FRONTALE】

2022シーズン終了後に実施した「川崎フロンターレアジアツアー2022」。タイでの2試合はJリーグ主催という形式だったが、ベトナム遠征はクラブの仕切りでプランを立てベカメックス・ビンズンFCとの試合を開催。ピッチ外の活動では開発途上国への国際協力を行っているJICA(独立行政法人国際協力機構)の協力を仰ぎ、トライアルとして現地の小学校での算数ドリル実践学習を行い、試合会場には健康増進プログラムのイベントブースを設置。そんなJICAとの連携事業は、今後のクラブのアジア展開のひとつの柱になりそうだ。JICAベトナム事務所員の土本周さんに話を聞いた。

JICAとフロンターレの協力体制が組むことになったキッカケ

JICAベトナム事務所 兼 青年海外協力隊事務局企画業務課 所員 土本周さん 【© KAWASAKI FRONTALE】

日本の政府開発援助(ODA)を実施する機関として、開発途上国の経済社会開発事業を行っているJICAは「3J+WEリーグ連携」と称してJFA、Jリーグ、WEリーグとの連携協定を結んでいる。Jリーグとの連携のもと、クラブと東南アジアでの共同事業を進めているJICAだが、今回ベトナムでサッカースクールを開校したフロンターレと協力体制を組むことになった。

「Jリーグの海外事業はJICAの目指す姿と合致する部分があるんです。Jリーグさんとしては、アジアにファンを広げるために、ヨーロッパのクラブとは違うJリーグならではの強みが何か考えたときに、各クラブが行っているホームタウンでの活動、とりわけ社会貢献活動が挙げられる。JICAはまさに開発途上国地域の経済社会開発を行っている機関ですから、Jリーグのそうした活動を“輸出”できれば、まさに開発途上国の人々の生活改善に貢献できる。JICAは長年の現場に根差した開発事業を通じてその国の課題を理解し、政府との信頼関係があるので、JICAのリソースを提供することで、クラブがこれまで経験したことのない開発途上国での事業展開の第一歩を踏み出しやすくする。JICAとしても開発途上国に貢献できますし、クラブとしてもサッカーや社会貢献活動を通じてファンができる。まさにお互いウィンウィンなんです。そのような中、アジア戦略を掲げるJリーグさんから、ベトナムでスクールを開校しアジアで意欲的に活動しているフロンターレさんを紹介していただきました」(土本さん)

ベトナムでの算数ドリル実践学習

プロの技を子どもたちに披露する橘田健人選手 【© KAWASAKI FRONTALE】

クラブが国内で行っている地域活動や社会貢献活動を海外に展開しようとしても、現実問題としてその国の関係者や地元企業とのパイプがなければ交渉の場にこぎつけることすら難しい。そこで開発途上国のネットワークに強みを持つJICAに後押ししてもらうことで、クラブはサッカーという競技性に加えて社会貢献活動を行うプロセスをスムーズに運べるようになる。JICAの協力により実現したのがフロンターレが川崎市で継続的に実施している活動のひとつ、現地の小学校を訪問し体を動かしながら問題を解いていくという算数ドリルの実践学習だ。

「まず現地の生徒さんが楽しそうにしていたのが、我々としては何よりです。日本からサッカー選手が来て一緒にボールを蹴って、技を披露してくれて、言葉がわからなくてもすごく興味を持ってくれました。単純にスポーツをすることで健康状態はもちろんのこと、体を動かしながらコミュニケーションを取ることで、社会性や人間力の向上にもつながると思います。かつ算数の勉強になるということで、JICAとしても連携事業の1回目としてよいスタートが切れました。ベトナムの小学校は体育の授業が少ないそうで、親のバイクに同乗して通学する子も多く、日頃から体を動かす習慣があまりないんです。また実践学習を行ったビンズオン新都心の家庭は所得が多いぶん共働きも多く、学校が終わったあとも運動しない子が多いので、ベトナムの他の省と比べても子どもの肥満率が高い地域なんです。ですからスポーツを通した実践学習というのは、近年経済が急成長しているビンズオンやベトナム全土においても意味のあるものだと感じています」(土本さん)

このようにスポーツ選手が小学校を訪問するようなイベントは過去に様々なクラブと連携して行ってきたが、どうしても単発で終わってしまうことが多かったそう。もちろん単発でも参加した子どもたちはとびきりの笑顔で楽しんでくれるが、その国の人々の意識や習慣を変えるとなると、事業者が現地に拠点を持ち継続的に活動を行うのが一番。そういう意味では、ベトナムでスクール運営をはじめたフロンターレはうってつけの存在だろう。JICAとしてもこの実践学習に期待を寄せている。

健康増進プログラムで健康に

フロンターレスタッフの指導のもと、現地の方とポールウォーキング! 【© KAWASAKI FRONTALE】

また、もうひとつのJICA連携事業として、健康増進プログラムがある。11月20日(日)に行われたベカメックス・ビンズンFCとの親善試合の会場に、ポールウォーキングが体験できるブースを設置。ポールウォーキングとはスキーや登山で使うストックのような形状の2本のポールを使って歩行運動を補助し、姿勢改善やダイエット、そして運動能力を高めるフィットネスエクササイズだ。フロンターレでは、クラブが運営しているフットサルコート&各種プログラム施設「フロンタウンさぎぬま」でポールウォーキングの教室を開催している。

「日本にいるときにフロンタウンさぎぬまにお邪魔して、ポールウォーキングやヨガ等の健康増進プログラムが毎日複数回開催されている様子を見て、これはすごくいい取り組みだなと思いました。主にご高齢の方々が運動を楽しんでおられて、何よりそこに運動で集まった人たちのコミュニティができあがっていてすごくいいなと。皆さん運動後もおしゃべりに忙しそうでした。ベトナムでは近年高齢化が進んでいて、そのスピードは東南アジアで一番早いといわれています。高齢者が増えるなかで社会保障の制度が整っていないのが現状で、いずれは病院の逼迫や介護施設の需要が高まることが予想されます。そこでベトナムの方々にフロンタウンで行われているような健康増進プログラムを提案して、日々の健康増進や介護予防に一役買うことができればいいなと思っています」(土本さん)

ブースではフロンタウンさぎぬまのスタッフがデモンストレーションを行い、興味を持った現地の方々にポールウォーキングの指導を行った。今回はポールウォーキングのイベントブーズだったが、フロンタウンさぎぬまではフットサル以外にヨガ教室や期間限定のプログラムを展開しており、ゆくゆくはベトナムで展開しているサッカースクールなどで曜日や時間帯によってさまざまなフィットネスプログラムを楽しめるようになるのが理想だ。

「フロンターレさんが事業化することをイメージして、例えばベトナムの方がどんなスポーツやフィットネスに関心があるのか調査し、現地関係者と関係を構築していく過程に伴走するのがJICAの役割です。ベトナムはコロナ禍の影響で経済成長率は下振れしたものの、2022年には既にコロナ禍前の水準まで成長率は回復しています。ただ、その一方で、都市地方間の格差、環境問題、社会の高齢化等、新たな問題が顕在化している。そんな中、ベトナム人も大好きなサッカー、スポーツで社会の課題を解決する。フロンターレさんには日本で培った社会課題解決のノウハウがあり、そして何よりこれまでのベトナムでの事業に対してそうであったように熱意を持って取り組まれている様子から、きっと事業化に向けて良い教訓が得られると確信しています。JICAも微力ながらその橋渡しができればと思います」(土本さん)

「今後のフロンターレさんの展開を想像すると夢がふくらみますね」(土本さん)

現地の方々が笑顔で参加してくれました! 【© KAWASAKI FRONTALE】

今回JICAの力を借り、クラブの事業展開がスタートしているベトナムに多くのスタッフを派遣できたのは大きな経験になった。このチャンスを生かし、JICAとの連携が終わった後も地域と連携しながら事業規模を継続拡大していけるかがクラブとしての大きなテーマだ。

「今後の展開としては、フロンターレさんが日本で製作されている算数ドリルをベトナム語に翻訳して現地の子どもたちに配り、楽しく算数を学んでもらえる機会を提供することで、フロンターレさんとも調整しています。これはベトナムにいる子どもたちだけでなく、最近は就労や配偶者の帯同で日本に住んでいるベトナムの方もたくさんいるので、日本語に馴染みのない在日ベトナム人の子どもたちの学習サポートとしてベトナム語の算数ドリルを日本にも“逆輸入”できないかとも構想しています。今回のイベントはパイロット的に実施したものですが、多くの子どもたちの笑顔が見られたという点で手ごたえがありました。個人的には私は根っからのサッカー少年で学生時代からフロンターレさんの試合をよく観ていましたが、競技面だけでないフロンターレさんのスピリットを間近で感じ、そうした活動に協力させて頂いて刺激的な時間でした。東南アジアでの社会貢献活動をクラブが事業化したケースは前例がないと思いますし、今後のフロンターレさんの展開を想像すると夢がふくらみますね」(土本さん)

(取材:麻生広郷)

協力
JICAベトナム事務所 兼 青年海外協力隊事務局企画業務課
所員 土本 周
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著者プロフィール

神奈川県川崎市をホームタウンとし、1997年にJリーグ加盟を目指してプロ化。J1での年間2位3回、カップ戦での準優勝5回など、あと一歩のところでタイトルを逃し続けてきたことから「シルバーコレクター」と呼ばれることもあったが、クラブ創設21年目となる2017年に明治安田生命J1リーグ初優勝を果たすと、2023年までに7つのタイトルを獲得。ピッチ外でのホームタウン活動にも力を入れており、Jリーグ観戦者調査では10年連続(2010-2019)で地域貢献度No.1の評価を受けている。

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