ベトナムからスタートしたフロンターレのアジア事業。「アジアの地でも川崎で培ってきたものを提供していきたい」(吉田社長)

川崎フロンターレ
チーム・協会

【©KAWASAKI FRONTALE】

10月1日(土)、国際協力、SDGs などに取り組む、官民さまざまな団体が参加する国内最大級の国際協力イベント「グローバルフェスタJAPAN2022」が開催された。そのイベント内で行われたオンライン対談に登場した川崎フロンターレの吉田明宏社長は、2012年から取り組んでいるベトナム事業から、フロンターレやJリーグ、日本の文化を世界へと広めていくためのアジア戦略を語った。

どのようにベトナムとの関係を深めていったのか、クラブがアジアとどうつながっていこうとしているのかを、ベカメックス・ビンズンFCとの特別親善試合を前に考える。

フロンターレだから、できたこと

「プロサッカーの運営だけでなく、東急さんをはじめとしたパートナーの皆さんと共に地域を活性化させる活動をしてきています。文化は違いますが、アジアの地でも川崎で培ってきたものを提供していきたいと考えています」

そう吉田社長が話すようにフロンターレは、サッカー面だけではなく、多方面で培ってきたものがある。地域密着で地元の方々との交流を深めることや、サッカーファンでなくても楽しんでもらえるイベントの数々。その他にも数え切れないほどの活動をしてきたフロンターレだからこそ、できることがある。それが、Jリーグと世界をつなげることだ。

その可能性を示したのが10年前の2012年。クラブパートナーの東急が出資するベカメックス東急が、ベトナムのホーチミンの北30キロに位置するビンズン新都市に大規模な都市開発に乗り出したタイミングがキッカケとなった。

翌年の2013年、日越外交関係樹立40周年という節目の年を記念して「東急ビンズンガーデンシティカップ」を開催。ビンズンスタジアムでフロンターレとVリーグのビンズンFCが対戦した。そのスタートに当たってベトナムの方々に楽しんでもらえるイベント開催をフロンターレに協力してほしいとの相談を受けたことで、本格的にベトナム事業が始まっていく。そのイベントで見せたのは私たちが知っているフロンターレらしさだった。

ビンズンスタジアムの外に広がる光景は、まさに日本のお祭りそのもの 【©KAWASAKI FRONTALE】

会場内は「日本のお祭り」と銘打って、盆踊りや屋台、子どもたちが遊べる「キッズスペース」など、フロンターレがJリーグのホームゲームで行っているエンターテイメント性にあふれるイベントをふんだんに揃えた。これは今までフロンターレが築いてきたサッカーを核とした複合エンターテイメントの形であり、「フロンターレはこういうクラブなんだ」とユニークな印象をベトナムの方々にも感じとってもらったと同時に、日本の文化を知ってもらえる機会にもなった。

この催しの成功を経て「この街に住みたい」と思わせ、住民の生活を豊かにするには、そのためのコンテンツが欠かせない。ベカメックス東急はその軸になるのがサッカーであると考え、ベトナムでの育成年代の国際大会開催、サッカースクールの開校につながっていった。

地道な活動が実を結んでいく

ただ、スムーズな道のりではなかった。2014年にもトップチームが遠征する予定だったが、ベトナムと中国が領土問題で衝突した影響で中止を余儀なくされ、代わりにU-13チームが遠征。その後、フロンターレは「国際交流基金アジアセンター」の事業として、育成コーチの短期派遣、ベトナム人選手とコーチの日本への招聘、単発のサッカー教室の開催など、ベトナムでの実績を重ねていった。

こうした地道な活動が2018年にビンズン新都市で「ベトナム日本国際ユースカップU-13」の開催につながる。両国から13歳以下の4チームずつを招いた大会は4度行われ、選手の児童養護施設訪問、交流パーティーで社会教育、国際交流の場も設けている。また、日越外交関係樹立50周年の2023年は他のASEAN諸国からもチームを招く計画であり、さらなる広がりを見せようとしている。

2014年のU-13ベトナム遠征には宮城天(背番号10)も参加していた 【©KAWASAKI FRONTALE】

そんな大会運営で欠かせないのは企業からの支援だ。決して華やかとは言えない中学生の大会が20社を超える企業に支えられている理由を吉田社長は、こう話す。

「この大会の企画、法人営業などを手掛けていただいている、ブレインコミュニケーションズの古川直正代表がおっしゃるには、『ベトナムに進出している日系企業には、この国でビジネスをさせてもらっている』という意識がある。これだけ多くの企業が協賛してくださったのは、この大会がベトナムのためになり、日越の友好、そして日本のプレゼンスのアップに結びつくからではないか、ということです。この考察がアジアでの事業の成否のカギになるのかもしれないなと思っています」

この考え方はJリーグのみならず、スポーツ界にとってもアジアでの事業の成否のカギになるかもしれない。

次なるステップへ

そんな大会を経てフロンターレは、次のステップへ。ユースカップ、現地でのサッカー教室を開催するなど、活動を重ねてきてはいたが全て散発的である、というのは否めなかった。そこで、ビンズン新都市で都市開発を進めるベカメックス東急の平田周二副社長(COO)の「フロンターレがビンズンで継続的に地域に根ざした活動に取り組んでいただくのが望ましい」という考えのもと、2021年12月、フロンターレとベカメックス東急の共同事業としてビンズン新都市において、5歳から12歳の子どもに向けての、通年のサッカースクールを開校した。

新型コロナの影響で当初の予定からは遅れたものの、2021年12月に通年のスクールが開校 【©KAWASAKI FRONTALE】

運営主体はベガメックス東急となり、フロンターレは常駐コーチを2名派遣。サッカーだけではなく挨拶や礼儀を重視した指導に当たっているという。スクール生の数は延べ180人を数え、東急ガーデンシティの周辺エリアからグラウンドへは、無料送迎バスを運行。スクール生の親からは「旧市街から新都市に引っ越したい」「東急のマンションに住みたい」という声も聞こえてくるという。さらに、満足度を上げるべく、この冬には、自前の屋根付きフットサルコート4面も完成させる予定だ。そうなると、地域住民のフットサル大会、学校の部活動による活用など地域の幅も広がっていき、フロンターレが運営しているフットサル場「フロンタウンさぎぬま」のように地域の方々がボールを蹴らなくても集まってくる場所にもなり、さまざまな人が利用できる施設になっていくのだろう。

川崎からアジアへ

ベトナムで数々の活動をしてきたフロンターレは、アジア事業をスタートさせて今年で10年目。その間にU-13の大会やスクール事業を通じて、さまざまな企業と関係性を構築することができた。それが10年の大きな成果とも言える。これを、今後どのように発展させ、より大きなものにしていくのか。吉田社長は言う。

「ベトナム国内で言いますと、現地のクラブとのつながりが深まってきています。『フロンターレの育成メソッドを学びたい』『日本で合宿をさせてくれないか』、『ウチのユースにいい選手がいるので取らないか』という、競技面の相談だけでなく『クラブ経営・事業運営について学びたい』という声も出てきました。こうした関係性を、いかにクラブのメリットに直結させていけるかが、今後のテーマになってきます」

11月20日にはビンズンスタジアムで9年半ぶりにフロンターレとビンズンFCのトップチームが対戦する 【©KAWASAKI FRONTALE】

世界には約200の国があり、それぞれに言語や文化に違いはあるが、世界共通で楽しむことができるのはスポーツ。特にサッカーは全世界で人気を誇っており、誰もが熱狂することができる。そのすばらしさ、楽しさを伝えようとフロンターレは地域の方々との距離を縮めて現在の形に至っている。それをアジア、世界へと輪を広げることができたら、Jリーグは盛り上がり、フロンターレや日本の文化をより知ってもらえる機会にもなるだろう。

川崎から世界へ──。

フロンターレは今まで培ってきたことをベトナムで体現することで、川崎市からアジアや世界への輪を広げることの可能性を示してきた。それだけの力がサッカーとフロンターレが築いてきたものにあるということだ。地道に前を向いて進んできたからこそ今がある。

今後も積極的にベトナムとの関係を深め、Jリーグ、フロンターレを世界とつなげていく。

(文・高澤真輝)
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著者プロフィール

神奈川県川崎市をホームタウンとし、1997年にJリーグ加盟を目指してプロ化。J1での年間2位3回、カップ戦での準優勝5回など、あと一歩のところでタイトルを逃し続けてきたことから「シルバーコレクター」と呼ばれることもあったが、クラブ創設21年目となる2017年に明治安田生命J1リーグ初優勝を果たすと、2023年までに7つのタイトルを獲得。ピッチ外でのホームタウン活動にも力を入れており、Jリーグ観戦者調査では10年連続(2010-2019)で地域貢献度No.1の評価を受けている。

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