若きなでしこ最後の試合、力を使い果たした後に残るもの

チーム・協会

【©2022 FIFA】

世界一となった2018年大会から4年、再び世界の頂点を目指し、サッカーU-20日本女子代表は、FIFA U-20女子ワールドカップコスタリカ2022に臨む。なでしこジャパンがFIFA女子ワールドカップで優勝した2011年にはまだ、彼女たちはテレビの前で目を輝かせる少女だった。あれから11年が経ち、大人になった選手たちは、前回大会の中止、WEリーグでの1年目、追い越すべきなでしこジャパンという存在など、それぞれの思いと向き合いながらコスタリカの舞台に上がる。まっすぐな眼差しで戦う彼女たちの、大会へ向けた思いを連載で綴る。

味方につけた、日毎に増す声援

「ついにここまで来たなと感じています」

2日後に控えた決勝を前に、キャプテンの長江伊吹は落ち着いた様子でその日を心待ちにする。8月10日に開幕したFIFA U-20女子ワールドカップコスタリカ2022も気がつけば明後日、現地時間の28日がファイナルだ。史上初の大会連覇を目指すU-20日本女子代表はここまで5試合を戦い、いずれも接戦を制して決勝まで進出した。「あっという間ですけど、本当にサッカーって楽しいなと思える時間でした」と語るように、チームがコスタリカ入りしてから過ごした約1ヶ月は、日本では得難いほどに密度の濃い時間となった。

コスタリカの地で彼女らが経験した出来事のひとつには、観客からの声援も含まれよう。もちろん、普段プレーするチームでもそれを背にしていることは確かだが、自分たちが見せるプレーによって日に日にそのボリュームが増すという経験はこれまでにはないはずだ。チームの特徴であるコンビネーションを活かした攻撃や、全員が規律を持ってプレーする献身性、そしてフランス戦で見せた最後まで諦めずに戦う姿勢は観衆を虜にするにはじゅうぶんだ。しかしそういったオンザピッチの姿以外にも、人々を魅了する理由があると松窪真心は想像する。

「試合でウォーミングアップに入る時にすごい声援を送ってくれるので、それが嬉しくて反応しているとより応援してくれたりだとか。あとはホテルにいるときも色々な人に挨拶をしたりだとか、そういったことでも応援してくれているんじゃないかと思います」

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もちろんそれらの振る舞いは、何か見返りを求めてのものではない。陽気な声援に純粋に喜びを感じ、親しみやすいコスタリカの人々を相手に自然と笑顔がこぼれるありのままの姿だ。そんなチャーミングな彼女たちがひとたびピッチに入れば猛然とボールを追うのだから、その背中を押そうと思うのもまた自然なことだと想像できる。基本的には試合を戦う両チームに声援を送るコスタリカの人々だが、イーブンな展開になると心なしか日本に傾く様子はスタジアムにいる多くの人が感じているはずだ。準決勝を前に石川璃音は「声援を味方につけて決勝に行きたい」と語ったが、まさしくその声を力に変えて勝利をつかんだブラジル戦だった。そしてもちろん、毎日練習会場へ横断幕を掲げに訪れる日本からのサポーターの存在も、選手たちを強く後押ししている。

「見られること」の大切さ

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そんな観衆の存在を、大山愛笑はいつも意識している。

「試合中も観客席は見ますし、自分のプレーで歓声が上がると嬉しいですね。自分には声援も聞こえていますし、聞くといつも以上に頑張れるし、リラックスもできます」

中盤の底で攻撃の起点になるプレーが印象的な大山だが、チャンスと見るや自ら相手ペナルティエリア前に進入し、守備でも球際激しくボール奪取に貢献する。攻守を問わず一つひとつのプレーが周囲の目にどう映るのか、そしてそれに示されるみなの反応を楽しみながら、大山はピッチを駆け回っている。

大会期間中、多くの選手が「自分たちのプレーを見てほしい」と口にした。しかしそれは、単に自分が耳目を集めたいという思いからではなく、自分たちが背負うものを認識しているからこその言葉だ。WEリーグの初年度でピッチに立ち続けた吉田莉胡も見られることの意味を感じている。

「これまで自分もワールドカップで優勝する選手たちの姿を見て、格好いいと憧れてきました。この大会に優勝することで女子サッカーがまた注目されると思うし、みんなにもっと興味を持ってもらえるようにしたい」

ブラジル戦でプレーヤーオブザマッチとなった山本柚月も思いは同じだ。「自分たちの姿を見て女子サッカーに憧れを持ってくれる子どもたちがいると嬉しい」と、ワールドカップのトロフィーを掲げる姿に目を輝かせたかつての自身を重ねる。自分たちの愛するサッカーの魅力を少しでも多くの人に伝えたい、日本の女子サッカーを盛り上げたい、その使命感もまた彼女たちを動かす原動力になっている。

悔しさが奮い立たせるもの

チームに力を与えているのは、自分たちを取り巻く人々の存在だけではない。チーム内で結ばれる信頼関係もまた、選手が戦う理由となっている。

大会を5試合戦えば、選手ごとの試合出場時間には濃淡が付く。中2、3日で試合を消化していく日程では、リカバリーが中心になる選手と強度高くトレーニングを行う選手に否が応でも分かれてくる。キャプテンの長江は前者に加わるが、眺める仲間の練習から受ける刺激は多いと、話す言葉には熱がこもる。

「練習が終わると崩れ落ちるくらいまでみんな走り回っていて。そのうえで試合の時は、出場している選手をサポートしてくれている。もちろん辛いと思います。でも自分の気持ちよりチームを優先している選手しかここにはいない。その選手たちのおかげでこの一体感が生まれています」

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仲間の思いに寄り添えるのは、かつて自身もその立場にあったからに他ならない。3年前のAFC U-19女子選手権タイ2019、優勝を果たしたチームの中で長江の出場機会は限られていた。「複雑な気持ちだった」なか、当時のキャプテン・高橋はな選手(三菱重工浦和レッズレディース)が声をかけてくれたことでそんな心境も救われた。立場が変わった今、「行動、言葉の一つひとつでそういう選手の力になりたい」と、今度は自分がチーム全体を見渡している。

そんなキャプテンの思いは確実にチームに行き届いている。今大会に登録されている21選手のうち、ここまで唯一出場のない林愛花は「チームにおける自分の立ち位置がわからなくなって、気持ちが沈んだこともあった」とコスタリカでの日々を回想する。しかし、仲間の姿に再び奮い立たされた。

「選手の自分から見ても、みんな1試合ごとに成長していると感じています。その中で1試合も出られていないという悔しさは自分にしかないですし、それが今まで以上に自分を強くするきっかけになると信じてトレーニングを全力で頑張っている。決勝戦に自分が出られればこれまでの悔しさをぶつけたいですし、ピッチに立つ選手には本当に思い切ってプレーしてほしい。そのためのベンチワークをやっていきたいです」

歯を食いしばれるようになった、と話す林と同様に、渡部麗もまたこの苦しさをエネルギーに変えている。ここまでの出場はガーナ戦の後半アディショナルタイムのみ、それでも「あの数分間試合に出ただけでも、『もっとサッカーがうまくなりたい、もっとピッチに立ちたい』と思った」と、語る視線は力強い。そしてまた、長くピッチに立つチームメイトに対し思いを馳せる。

「試合に出られない苦しさはありますが、試合に出ている人にも違う苦しさがあるはず。中2、3日であの強度の試合を戦いきるモチベーションを保つこと、走り抜くことは大変。だからこそ元気で試合前に余裕がある自分が周りを励ましたり、声をかけたりすることはできると思っている。自分がやるべきことはわかっていますし、それを大事にしたいです」

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何よりも強い原動力

物事が最終局面に及んだ時に「泣いても笑っても」とはよく言うが、このU-20日本女子代表チームはここまで本当によく泣き、そしてよく笑ってきた。ボールを蹴ることが楽しくて仕方ないと笑う者がいれば、試合での自分のミスに責任を感じ涙する者、やっとの思いで決めたゴールに感極まる者、チームの勝利に安堵し笑顔を見せる者。その感情表現の振れ幅には若さゆえの理由もあろうが、何よりも彼女たちがこの大会に夢中で臨んできたからこそ現れる思いの発露だろう。

「後半になって、自分が何もできずに交代したことが悔しかった」

普段は冷静なプレーが持ち味の大山だが、準決勝のブラジル戦、1対1の同点で迎えた71分に途中交代となった際は、深くうつむき顔をユニフォームで覆った。これまで全試合に先発出場し、ボックス・トゥ・ボックスで駆け回ったゆえに疲労も感じていたはずだが、「それは気にしていませんでした」と、リードを奪えていない状況でのお役御免に無念さがこみ上げた。それでも信頼する仲間に後を託し、チームの勝利をベンチで心から願った。試合終了のホイッスルが鳴った後は、安堵から再び涙が止まらなかった。「みんなに助けてもらった」と振り返る表情には、このチームで戦う喜びが戻っていた。

「サッカーをすること自体も楽しいですし、このみんなでやれることも楽しい。このチームでの最後の試合がワールドカップの決勝という大舞台。みんなで日本を精一杯見せたいです」

2021年5月に立ち上がったこのU-20日本女子代表チームは、迎える決勝戦が終われば解散となる。約1年3ヶ月に渡って積み重ねてきた日々の締めくくりには、やはり笑顔がふさわしい。長江は言う。

「最後と考えると寂しいし、もっと一緒にやりたいですが仕方がない。だからこそ最後は笑って終わって、みんなで喜び合って、みんなにとっても日本にとっても最高の夏にしたい。このコスタリカでも色々とあったけれど、ここまで来られたのもこのチームだったから。日本の方に少しでも勇気や、なでしこらしいサッカーを見せたいです」

何よりも、このチームで戦うことが力になる。内から湧き上がる原動力がこのチームにはある。残すファイナルの1試合、その力を使い果たして、若きなでしこは最後の結果を迎え入れる。

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著者プロフィール

日本サッカー協会(JFA)は、日本サッカー界を統括し代表する団体として、サッカーを通じて豊かなスポーツ文化を創造し、人々の心身の発達と社会の発展に貢献することを目的に活動しています。 JFA公式Webサイトでは、日本代表からグラスルーツまで幅広いサッカーの現場の話題をお届けします。

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