なぜ伊藤洋輝は戦列復帰後すぐに重要戦力となれたのか? バイエルンで安定的に出番を得るために必要なのは――
キミッヒにもよく似た振る舞い
今シーズンのバイエルンは、コンパニ新監督の就任によって戦術面で大きな変化を遂げた。ビルドアップの仕方一つをとっても工夫が散りばめられており、それを形にしていくのに時間も要している。今でこそスムーズにボールは動いているが、シーズン序盤はどこかぎこちなく、ミスが目立つ試合もあった。
そうやって一つひとつ積み重ねてきたチームに、伊藤が復帰後素早くアジャストできたのは、陰の努力と高い学習意欲があったからにほかならない。
例えば、左サイドバックで出場した際は、同ポジションの技巧派ラファエル・ゲレイロや韋駄天デイビスとは明らかに違う特徴を持つなかで、伊藤は守備のタスクをこなしつつ自身の強みをより生かしたプレーを披露。ビルドアップ時にボランチの立ち位置に入ってボールを振り分けるさまは、右サイドバックに入ったときのヨシュア・キミッヒの振る舞いとよく似ており、正確なキックを持ち味とする伊藤の良さが存分に出ている。
この動きに関しては、よほど洗練されていないと仲間の立ち位置を潰すことになりかねない。しかし、実際のプレーを見てもそういった混乱は生じておらず、トレーニングから積極的に周りとコミュニケーションを取ってチーム戦術を詰めてきたのだろうと想像できる。また、味方のメンバー構成や相手の立ち位置によってプレースタイルを微調整するなど、状況判断能力の高さもピッチ上で示していた。
この早期フィットには、コンパニ監督も称賛の言葉を送っている。
「彼は長い間欠場していたが、非常に短期間で我々のクラブにとって貴重な選手になった。今日(フランクフルト戦)のゴールも、6~7カ月の欠場期間を経て決めたものである。素晴らしいストーリーだ」
チームメイトとの仲もすっかり深まった
試合前のアップで、ベンチメンバーはリフティングゲームに興じることが多いのだが、伊藤がミスをした際にはバイエルン一筋のベテラン、トーマス・ミュラーや、定位置を争うゲレイロからからかわれるシーンが何度か見られた。決して自分から騒ぐタイプではないが、アップ中も実に楽しそうで、チームメイトとの仲が深まっていることがうかがえた。
3月8日行われたブンデスリーガ第25節のボーフム戦では、伊藤のクロスをミュラーが折り返し、これをゲレイロが頭で合わせてチームの2点目を奪ったのだが、ゴールセレブレーションでミュラーと一緒にはしゃぐ伊藤の笑顔はとても印象的だった。こういった場面を切り取っても、彼がすでにチームから受け入れられていることがよく分かる。
ただし、肝心なのは残りのシーズンでどれだけパフォーマンスを上げていけるかだ。
実際、デイビスが復帰して以降は安定的な出場機会を得られなくなっている(2月28日のシュツットガルト戦、3月5日のCLレバークーゼン戦は控え)。攻撃面で馬力を出せるデイビスと、堅実な守備が一番の武器である伊藤ではタイプが異なるものの、現状ではデイビスのほうが序列は上。プレータイムを伸ばすにはさらなる改善が必要となる。
チームとしてボールを保持する時間が長いだけに、戦術理解を深めながらそうした戦い方にフィットし、スピードが売りのカナダ代表DFとは違った形で攻撃にアクセントを加えられるか。その精度向上が、今後の重要なポイントになってくるはずだ。
復帰してから約1カ月という短期間で、チームに必要なパーツの一つになることはできた。あとはそこに、どれだけプラスアルファを上乗せできるか。CLとブンデスリーガが佳境を迎えるなかで、苦境を乗り越えてきた伊藤への期待はこれまで以上に高まっている。
(企画・編集/YOJI-GEN)