高校野球はなぜ転校後1年間の出場停止なのか? 根底にある考えと尊重すべき「逃げる自由」
【写真:岡沢克郎/アフロ】
そのキーワードは「人権」だった。人権の世紀と言われる今、どこまでが許され、どこまでが許されないのか高校野球で多くのヒット作を持つ中村計氏が、元球児の弁護士・松坂典洋氏に聞いた。日本人に愛される「高校野球」から日本人が苦手な「人権」を考える知的エンターテインメント。
『高校野球と人権』(著:中村計、松坂典洋)から一部抜粋して公開します。
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移動の自由は「逃げる自由」
そこで一つ、すごく気になる高野連のルールがあるんですよね。「大会参加者資格規定」にこう書いてあるんです。〈転入学生は、転入学した日より満1ヵ年を経過したもの。ただし満1ヵ年を経なくても、学区制の変更、学校の統廃合または一家転住などにより、止むを得ず転入学したと認められるもので、本連盟の承認を得たものはこの限りではない〉。つまり、学校を移った選手は父親の転勤等のやむを得ない事情がない限り、転校から一年を経ないと公式戦には出られませんよ、と書いてあるわけです。これは少し厳しくありませんか。
中村 甲子園に出てくるような選手でも、ときどきいますね。大抵が、前の学校の野球部の雰囲気に馴染めなかったという理由のようですが。ただ、そうなると、1年間は試合に出られないんですよね。
松坂 高校野球ができる期間は、3年夏の都道府県大会までとすると、実質、2年4ヶ月しかありません。その内の1年間というのは、とても大きいと思うんです。この規則があるせいで嫌だから学校を移るという自由が著しく制限されているわけです。
学校選択の自由というのは職業選択の自由にも近いものがありますし、ものすごく大きな権利だと思うんです。その自由がないせいで最初に入ったところの野球部で高校生活を全うしなければならなくなり、結果的に選手は指導者に逆らえない、指導者は絶対権力化していくという負の連鎖が生まれているような気がするんです。
中村 要するに逃げられなくなる。
松坂 移動の自由というのは、言い換えると、逃げる自由なんです。昔で言えば、この王様のもとにいたら殺されると思っても逃げられないという状況があった。だから、市民たちは、それこそ命がけで移動の自由を手に入れたわけです。
中村 北朝鮮はいまだに逃げられないですもんね。
松坂 独裁国家ですから。そうなりますよね。
中村 「逃げんじゃねえよ」みたいな言い方が、ある時期、青春期の輝かしいセリフみたいに思えていたんです。でも、大人になってつくづく思うんです。逃げてもいいんだって。
本当に辛かったら。死んでしまうより何百倍もましじゃないですか。
松坂 もちろんです。逃げるということは、ぜんぜん恥ずかしいことではないと思いますよ。
中村 すごく大所帯の高校の野球部の監督がいつも言うんです。「レギュラーよりも、2年半、一度も試合に出られなくても続けたやつの方がよっぽど立派や」と。一瞬、感動しかけるのですが、待てよ、と思う自分もいるわけです。それは詭弁(きべん)ではないのかな、と。 全国には学校経営のために、明らかに必要以上の野球部員を抱えている高校がけっこうあるんです。ただ、選手のことを本当に考えたら、試合に出られた方が絶対いいじゃないですか。でも、この高校にいたら試合に出られそうにないので転校しますとは、なかなか言い出せないと思うんです。転校したら1年間出られなくなるというペナルティがあるし、それこそ「逃げるな」と言われそうで。そういう状況は辛いだろうな、と思ってしまうんです。
松坂 高校サッカーの世界では監督同士が話し合って、一方のチームでくすぶっている選手を生かそうと、もう一方の高校に移籍させるみたいなこともあるそうです。
日本の場合は、まだ終身雇用の文化が根強いというのもあるんでしょうね。プロ野球でもいまだにトレードに対してネガティブな印象を持っている人が多いじゃないですか。かわいそうだとか、冷たい球団だとか。
中村 移籍したら一定期間、試合に出られないというルールは、小・中学生のクラブチームの世界にもあります。過去、1回戦負けしたチームから勝ち残っているチームが有望な選手を引き抜いたりしてしまうことがあったようです。高校野球でも昔、引き抜きが頻繁に行われていて、1年間試合に出られないというペナルティはそれを防ぐ意味もあるのだと思います。
松坂 それにしても1年というのは長すぎる気がします。高体連に所属しているサッカーやバスケットボールなどは転校した場合の出場停止期間は半年です。しかも、Jリーグ傘下のクラブチームから高校のサッカー部に移籍する場合は、そうしたペナルティは基本的にはないんです。
中村 そちらのパターンの引き抜きは考えにくいからでしょうね。
松坂 高校野球も、もう少し出場停止期間を短くして、そのぶんで生まれる心配は別の規則で監視することはできないものでしょうか。
中村 そもそも、引き抜きはいけないことなんですかね。
松坂 無理やりというのなら問題でしょうけど、利害関係が一致しているからこそ成立するわけで法的には何ら問題はないと思います。ただ、高野連は裏で金銭が発生しそうな状況をつくることに対してものすごく慎重じゃないですか。引き抜き行為を放置してしまうと、金銭目当てのブローカーのような人たちが暗躍してしまう可能性もある。それも危惧しているのだと思います。