F1を去るダニエル・リカルド。なぜ復活に失敗したのか

柴田久仁夫

「僕のマシンは呪われている」

不審に喘いだマクラーレン時代。2021年のイタリアGPがキャリア最後の勝利となった 【©️McLaren】

 なぜレッドブルを去ろうと思ったのか。その理由についてリカルド本人はのちに、「翌年から組むホンダの戦闘力への不安」、「強い信頼関係で結ばれていた担当エンジニアの異動」などを挙げていた。しかし一番の理由は、チーム体制がフェルスタッペン中心になりつつあることへの不満だったと思われる。

 この年のレッドブルは特にリカルドのマシンにトラブルが多発し、21戦中8戦でリタイアを喫した(フェルスタッペンのリタイアは3回)。「僕のマシンは呪われている」とまで発言したリカルドに、もはやチームへの信頼はなかった。このままでは、自分にタイトル獲得の目はない。4年前のベッテルと同じ衝動に突き動かされ、レッドブル離脱を決めた。

 しかし新天地での飛躍を期したリカルドは、ルノー、マクラーレンのいずれでも輝けなかった。ルノーではそもそも、チーム自体の戦闘力が劣っていた。それでもチームメイトのニコ・ヒュルケンベルグ、エステバン・オコンは予選、レースを通じて、リカルドの敵ではなかった。それがマクラーレンに移った途端、ランド・ノリスに連戦連敗を喫する。

 なぜマクラーレンでは、レッドブル時代の速さを再現できなかったのか。マクラーレン時代の2年間、リカルドは「独特なマシン挙動で、予測が難しい」「これ以上速く走らせるために何をしたらいいのか、正直わからない」と、訴えていた。エンジニアたちも当初は、リカルドが自信を持って操縦できるマシンにしようとあらゆる手立てを尽くした。

 しかしその努力が、結果に表れない。一方で現状のマシンでも、ノリスは速さを発揮し続ける。2年目を迎える頃には、「問題は車体側ではなく、ドライバーにあるのではないか」とエンジニアたちが考えるようになったとしても無理はない。

僕の決断に後悔はない

リカルドのトレードマークと言えた表彰台での「シューイ」の儀式。しかしその豪快さとは裏腹に…… 【©️Redbull】

 一方でリカルドという人間は、表彰台でシューズからシャンペンを飲むような豪快さとは裏腹に、実はとても繊細な心根の持ち主だ。取材するたびに感じていた僕のそんな印象が当たっているなら、マクラーレンのスタッフから能力を疑われ、ザク・ブラウンCEOから公然と不信を責められる日々は、さぞ辛いものだったに違いない。

 こうして2022年末にマクラーレンを解雇されたリカルドは、古巣レッドブルに控えのドライバーとして戻った。リカルドの復活を信じるクリスチアン・ホーナー代表の強い後押しによるものだった。そしてわずか半年で、不振のニック・デフリースに代わってアルファタウリ(現RB)からレース復帰するチャンスを得た。

 しかしわずか2戦で、左手骨折で欠場。代役として出場したリアム・ローソンは、その後の5戦で時に角田裕毅を凌ぐ活躍を見せた。確かにケガは、不可抗力だった。とはいえその結果、レッドブル関係者たちはリカルド以外にローソンという選択肢もあることを認識してしまった。それを察したのか、6戦ぶりにケガから戻ってきたリカルドには、まるで「余生」を送っているかのような穏やかさが漂っていた。

 全盛期のリカルドは、見ていて本当にワクワクするドライバーだった。この男なら必ず何かをやってくれる。そんな期待に、何度も応えてくれた。そして間違いなく、「次代の世界チャンピオンリスト」の筆頭にいた才能だった。しかしレッドブル離脱という決断が、結果的にリカルドのドライバー人生を大きく変えてしまった。

 だがリカルド自身に、後悔はない。最後のレースを終えた直後のインタビューで、彼はこう語っていた。

「過去を振り返って、何かに対して悲しくなったり、苦い思いをしたくない。すべての事象は理由があって起こるものだ。すべては、良いことなんだよ」

(了)

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著者プロフィール

柴田久仁夫(しばたくにお) 1956年静岡県生まれ。共同通信記者を経て、1982年渡仏。パリ政治学院中退後、ひょんなことからTV制作会社に入り、ディレクターとして欧州、アフリカをフィールドに「世界まるごとHOWマッチ」、その他ドキュメンタリー番組を手がける。その傍ら、1987年からF1取材。500戦以上のGPに足を運ぶ。2016年に本帰国。現在はDAZNでのF1解説などを務める。趣味が高じてトレイルランニング雑誌にも寄稿。これまでのベストレースは1987年イギリスGP。ワーストレースは1994年サンマリノGP。

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