日中親善対抗戦に臨む期待の新人ボクサーたちをクローズアップ “ミニマム級祭り”も開催【9月のボクシング注目試合②】
キック時代に“神童”の弟に勝利した19歳のサラブレッド
副将の伊藤千飛は「インパクトのある勝ち方」を誓う 【写真:船橋真二郎】
まだ表情にあどけなさを残した日本チーム最年少の伊藤千飛(いとう・せんと、真正/19歳、1勝1KO無敗)ははにかむように笑った。今年4月、大阪でタイ人選手を右ボディで2度倒し、わずか55秒のTKO勝ちでデビューを飾った。ラン・コウコウ(中国/28歳、3勝7敗1分)とのセミファイナル、バンタム級8回戦で連続KO勝ちを狙う。
伊藤もまたサラブレッド。元プロキックボクサーの父・伊藤陽二さんのジムで3歳頃からキック、並行して空手に打ち込んだ。本格的にキックに転じた小学3年から中学3年まで、アマチュアのリングで戦うこと約200戦。現・WBA、WBC世界バンタム級3位の那須川天心(帝拳)の弟で1歳年下の龍心と2度戦い、いずれも勝利しているという。
ボクシングに導いたのは“モンスター”だった。伊藤が小学1年の頃のデビュー戦からずっと見てきたという井上尚弥(大橋)の、特に階級をスーパーフライ級に上げてからのオマール・ナルバエス(亜)戦、ワルリト・パレナス(比)戦の圧倒的なKO劇に心を奪われた。
ボクシングジムに通い出したのは小学5年の頃。翌年にはU-15ボクシング全国大会優勝、MVPにあたる優秀選手賞に選ばれ、中学2年のときには全日本アンダージュニア・ボクシング王座決定戦で優勝するなど、キックの傍らジュニア年代の大会で活躍した。
「その頃にはボクシングの世界チャンピオンが目標になってました。ボクシングを始めてからは『パンチだけで勝ったら、おもろいやん』とお父さんに言われて、キックでも蹴りは使わないで戦ってました」
ボクシングに絞った大阪・興國高時代は選抜で2度優勝、アジア・ユース3位の実績を残した。
この8月末の1週間、寺地拳四朗(BMB)のスパーリングパートナーを務めた。階級が下とはいえ、元2団体統一世界王者相手に1人で8ラウンドやり通すなど、能力の高さを示した。が、自信を持つ一瞬の踏み込みのスピード、足のキレを「出しきれなかった」という悔しさが強く、さらなる向上心を刺激された様子だった。
ともに「WHO'S NEXT DYNAMIC GLOVE on U-NEXT」の強化育成指定選手でもある堀池とは、同じ団体のタイトルを獲るなど、キック時代から知る仲で「しっかり勝って、ヒロキくんにつなぎます」と連絡したという。
関西の若きホープが目指すのは「井上尚弥選手みたいに、どんな試合、どのパンチでも倒せる選手」。情報の少ない未知の相手にも「インパクトのある勝ち方をしたい」と目を輝かせた。
縦横自在のステップワークで魅せる
次鋒の髙優一郎は「いいバトンをつないで、4人全勝で」と笑顔 【写真:船橋真二郎】
高優一郎(たか・ゆういちろう、横浜光/23歳、2勝無敗)は楽しみ半分、怖さ半分といった表情を浮かべた。今年5月のデビューから2戦続けて中国人選手に大差をつける判定で完勝も、それだけでは足りないと痛感させられている。
特に前戦、7月の興行は高以外の5試合がすべてKO決着となり、「会場にいるのが恥ずかしいと思っちゃうぐらいでした」と苦笑する。
「それこそ、(同門、同期の)堀池もKOしてますし、佐々木尽(八王子中屋)さん、あの人も同い年ですけど、インパクトを残せるのは倒すからだと思うので。倒してこそのプロボクシングだなと感じてます」
フェザー級8回戦で対戦するダウス・リテ(中国/23歳、7勝5KO無敗)は、前回5月の日中戦で痛烈な2回TKO勝ちで強い印象を残した。高より10cm以上の長身(178cm)を誇るサウスポーだが、前に圧力をかけ、思い切りよくパンチを打ち込んでくる。
同じKOにつなげるにしても、それぞれの個性を生かした倒し方がある。高の特長は縦横自在のステップワーク。前後、サイドの動きで揺さぶりをかけ、相手との攻防のやり取りの中で隙を見出したい。
「まずは勝つことが大事。初めての8回戦なので、最後まで動ききれる体力をつけて、その中で(カウンターの)タイミングを合わせられれば。相手はパンチ力がある選手で、自分も危ないのでしっかりケアしながら」
高が地元金沢市のカシミジムに入門するのは中学3年になる頃。小学1年の頃から始めた極真空手の先輩がボクシングに移ったことに触発され、その年のU-15全国大会にも出場した。
石川県立工業高時代は全国大会に4度出場も1勝止まり。拓殖大では3年時の全日本選手権で3位入賞を果たすも、「全然、結果を残せなかった」と「プロで……」の思いがにじむ。
大学卒業後は「地元の期待と応援に結果で応える姿」に憧れてきた先輩で、現・日本フェザー級9位の英洸貴、昨年の全日本スーパーフライ級新人王で、極真空手時代から互いを知り、ボクシング部の後輩にもあたる藤野零大らとともにカシミジムからプロになるつもりだった。
帰省中の今年元旦、能登半島地震に遭い、カシミジムを拠点とした被害が甚大な地域への支援活動を手伝った。「ボクシングができることに感謝しないといけない」。思いを新たにし、厳しい環境で「ハングリーにやらないと」と横浜光ジム入りを決めた。
日中の対抗戦に「余計に負けたくない」と大学のリーグ戦を思い出す。「いいバトンをつないで、4人全勝でいきたい」と静かに闘志を燃やした。
4戦目の初勝利をきっかけに飛躍を期す
先鋒を務める木戸口謙辰は「最初に勝って、いいバトンを渡す」 【写真:船橋真二郎】
控えめに話すのは、先鋒役を務める最年長の木戸口謙辰(きどぐち・けんしん、三迫/25歳、1勝1敗2分)。ライト級8回戦でチョウ・シンキョウ(中国/23歳、4勝2KO無敗)と戦う。
昨年6月のプロデビュー戦は、拓殖大時代に国体準優勝、全日本選手権3位の実績を残した現・日本ウェルター級8位の浦嶋将之(角海老宝石)と引き分け。以来、勝ち星から見放されてきたが、3ヵ月前の4戦目でようやく1年越しの初勝利をあげた。
「内容はよくなかったんですけど、この1勝だけでも少し自信になります。今までは、どんなにいいスパーができた、いい練習ができたといっても、自分は勝ってないんだよなというのが頭をよぎったりしたんですけど、今はそういうこともなく練習できているので」
データではサウスポーだったはずが、最近は右構えらしい、スイッチするのかも、と相手の情報はないに等しい。記録サイトには今年2月から3ヵ月続けてタイのリングに上がり、直近の2戦は初回TKO勝ちの戦歴が残る。
同様に情報が少ない中、引き分けた3戦目のフィリピン遠征の経験も生かし、「相手にフォーカスせず、自分のボクシングをしたい」と木戸口。左ジャブ、右ストレート主体に粘り強く戦うのが身上。過程と結果が結びついた自信を連勝につなげ、自身にも、チームにも勢いをつけたい。
父親に勧められて読んだ漫画『はじめの一歩』がきっかけだった。いじめられっ子の主人公がボクシングを通して強くなる姿に触れ、目立つタイプではなかった自分にも「できるんじゃないか」と惹かれた。
小学6年のとき、地元札幌のジムに入会。中学3年までアマチュアのアンダージュニア大会で試合を重ね、優勝は果たせなかったものの、全国大会にも出場した。
北海学園札幌高では同郷で1学年上の現・日本スーパーフェザー級12位、榊野凱斗(角海老宝石)と全国出場を争った。4度の全国大会ではベスト8が2回。同い年で高校8冠を達成する今永虎雅(大橋)に2度敗れている。立教大では1年時の国体で3位、翌年には東京五輪予選を兼ねた全日本選手権にも出場した。
大学4年間でボクシングは終わりにするつもりだった。が、リングを離れると「何のために生きているんだろう」と喪失感に襲われた。プロでやると決めたからには「自分が納得するまでやりきりたい」と決意を込める。
控えめな受け答えに終始していた木戸口の声に力がこもったのは、対抗戦形式の話題を振ったときだった。
「もちろん、自分が最初に勝って、みなさんにいいバトンを渡したいと思います」