「パリ五輪世代の突き上げ含め、質の高い競争が必要」 9月開幕のW杯最終予選、元代表主将・JFA宮本恒靖会長の注目ポイントとは?

元川悦子

細谷、鈴木彩艶らパリ世代の底上げ、教え子・中村敬斗の活躍に期待

2021年10月、埼玉でのオーストラリア戦で浅野がオウンゴールを演出。歓喜の輪を作る選手たち 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

――宮本会長は第2次森保ジャパンの現在地をどう見ていますか?

 カタールの後、攻撃の部分に狙いを持って取り組んでいますね。アジアカップは失点が多くて難しい結果になりましたけど、その反省を踏まえて分析・検証を進め、対策を講じてくれると思います。

 今のチームは『2026年W杯優勝』を掲げていますが、選手たちがそれくらいの距離感で戦えてるんだというのを頼もしく感じています。僕らのころはとても掲げられなかったので(苦笑)。だからこそ、今は全力で彼らを後押ししたいなと心から思います。

――森保ジャパンがもっと強くなるためには、さらなる競争が必要ですね。

 その通りです。パリ五輪が終わって、どういう選手が絡んでくるか。若い選手の突き上げはやはり必要ですね。

 例えば、スペイン戦で惜しくもゴールが取り消された細谷(真大=柏)は「試合を決めるプレーができる」という自信を得たし、レベルも格段に上がったように感じます。

 五輪は不参加でしたけど、パリ世代の鈴木彩艶(パルマ)もイタリアという守備を重んじる国のGKを務めている。それは今までになかったことだし、日本のGKを語るうえで大きなターニングポイントと言ってもよいと思います。

 2人ともアジアカップの頃とは違った存在感を示せるようになっていると思う。大きな成長をぜひ最終予選で見せてほしいですね。

――カタールW杯不参加の新戦力という意味では、宮本会長がガンバ大阪で指導した中村敬斗選手(スタッド・ランス)も注目です。

 左サイドを切り崩すという意味で、三笘(薫=ブライトン)と敬斗は戦術的にもすごく大事なポイントです。敬斗を初めて見たのは三菱養和でプレーしていた高1の時。その時点でも試合を決定づける力は頭抜けていました。高2でガンバに来て、最初はトップで出ていたけど、徐々に出られなくなってU-23でプレーした時期もありましたが、シュートやインパクトのある強いキックという武器を持ち続けて今に至っています。

 それに加えて、ドリブルの決断も早くなった。以前は自分の間合いになるまで待っていたけど、今は迅速に縦か中かを判断していますし、守備のハードワークも向上した。自分が指導者として少しでも関わった選手が代表にいるのは、指導者冥利につきますね(笑)

2026年に生かすべき2006年の教訓。経験の蓄積・継承がW杯優勝につながる!

2006年6月12日のドイツW杯オーストラリア戦で宮本擁する日本代表は失意の逆転負けを喫した 【写真:ロイター/アフロ】

――2022年~2026年の森保ジャパンは、20代の主力が次の4年間も主軸を担い続けるという意味で、宮本会長のいた2002年~2006年に少し似ています。当時足りなかったのは、新戦力の台頭、若手世代の突き上げでした。それは今回の必須テーマになりますね。

 そう思います。ドイツW杯直前を振り返ると、2006年2月にアメリカ遠征があった。そこでハセ(長谷部誠=フランクフルトU-21コーチ)が初めて代表チームに合流したんですけど、少し遅かったんですよね。当時のハセは中盤からドリブルで持ち上がるプレーにスケール感を漂わせる選手で、「代表に入ってくるのがもう少し早かったらな」と感じていました。

 彼のような将来性ある選手がもっともっと早く出てきて最終予選に絡み、ポジション争いをするような構図になっていたら違っただろうし、今回もそうでしょう。上の選手に「ウカウカしてられない」と思わせるような状況を若手には作ってほしいですね。

――長谷部さんはその後、絶対的ボランチに成長。W杯3大会でキャプテンを務めましたね。

 2014年ブラジルW杯直前にハセと対談をする機会があったんですけど、その時点の彼は初代表の頃とは全く違うプレースタイルに変化していた。監督やチームのニーズに合わせて自分を柔軟に変化させられたからこそ、あれだけ長くキャリアを続けられたんだと思います。

 代表152試合という最多出場記録を持つヤット(遠藤保仁=G大阪コーチ)にしても、(イビチャ・)オシム(=元代表監督)さんに求められてそれ以前よりも格段に走るようになった。その後、健太さん(長谷川=現名古屋監督)の下で前でのプレーもやりましたけど、変化を受け入れ、自分を伸ばす柔軟性を備えていた。それはやはり重要。そういう人材が出現するかどうかも最終予選の醍醐味(だいごみ)。できるだけ早く突破を決めたいところです。

――重要決戦を前に、自身もレジェンドである宮本会長に、日本代表の存在価値と目指すべきところをあらためて語ってほしいのですが。

 ジーコ(元代表監督)が「代表チームは国民を幸せにできる。自分たちの活躍次第だ」とよく言っていましたけど、僕は何とかそれを実現したいと必死に取り組んでいました。ただ、それが叶いそうで叶わなかった。ドイツW杯初戦・オーストラリア戦(カイザースラウテルン)で逆転負けを喫した時の衝撃はすさまじかった。本当に一瞬で試合が決まってしまうんだと痛感させられました。

 僕自身、「オフ・ザ・ピッチを含めて最善を尽くすことがもっとできたんじゃないか」という思いは今も少なからずあります。W杯はオン・ザ・ピッチはもちろんですが、そこ以外の部分のクオリティも含めての総力戦です。これまでの大会での経験や財産を後世に伝えていかなければいけない。その継承が自分たちの思い描くW杯ベスト8、ベスト4、優勝につながっていくんです。

 そういう右肩上がりの軌跡をたどっていくためにも、今回の最終予選を沢山の人に見に来てもらいたいですし、代表やサッカーのことは日常の話題に数多く上るようになってほしい。中国戦はそのスタート。ぜひとも力強く後押ししてもらいたいなと思います。

2006年2月のアメリカ遠征で一度だけ共闘した宮本(右)と長谷部。彼らのように自ら変化していける選手の台頭が待たれる 【写真は共同】

 2002年日韓・2006年ドイツと2度のW杯に参戦している宮本会長は現場に近いリーダーだ。森保監督とは9歳差だが、かつて対戦相手として同じピッチでプレー。名波浩コーチや下田崇GKコーチとは代表で共闘しており、お互いの意見を言い合える関係だ。トップと現場が一体感を持って最終予選、W杯に挑めるのは、今のJFAの大きな強みと言っていい。

「僕がいた当時と今は違う環境で選手が戦っているので、それも尊重しながら、チーム強化につなげていきたい」と本人も強調していたが、全身全霊を込めたサポート体制で森保ジャパンを支えていく覚悟だという。

 その思いを選手たちにはしっかりと受け止めて、中国戦から持てる力の全てを発揮してほしいものである。

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著者プロフィール

1967年長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに。Jリーグ、日本代表、育成年代、海外まで幅広くフォロー。特に日本代表は非公開練習でもせっせと通って選手のコメントを取り、アウェー戦も全て現地取材している。ワールドカップは94年アメリカ大会から5回連続で現地へ赴いた。著書に「U−22フィリップトルシエとプラチナエイジの419日」(小学館刊)、「蹴音」(主婦の友社)、「黄金世代―99年ワールドユース準優勝と日本サッカーの10年」(スキージャーナル)、「『いじらない』育て方 親とコーチが語る遠藤保仁」(日本放送出版協会)、「僕らがサッカーボーイズだった頃』(カンゼン刊)、「全国制覇12回より大切な清商サッカー部の教え」(ぱる出版)、「日本初の韓国代表フィジカルコーチ 池田誠剛の生きざま 日本人として韓国代表で戦う理由 」(カンゼン)など。「勝利の街に響け凱歌―松本山雅という奇跡のクラブ 」を15年4月に汐文社から上梓した

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