連載:最先端レフェリング論

[金曜特別コラム]最先端レフェリング論(5) 日本人レフェリーの世界的レベルは?

木崎伸也

荒木主審が評価された試合マネジメント術

アジアカップでの荒木主審のレフェリングは、国外メディアから高く評価された 【Photo by Noushad Thekkayil/NurPhoto via Getty Images】

――次にゲームコントロールについて聞かせてください。荒木さんが担当したアジアカップ決勝トーナメント1回戦・タジキスタン対UAEはPK戦の末にタジキスタンが勝利する大激闘でした。国外メディアからレフェリングを高く評価されましたが、何を意識して臨みましたか?

 タジキスタンは今大会で歴史をつくりながら勝ち上がっていったチームで、同国史上初めてアジアカップで決勝トーナメントに進出しました。グループステージでもレフェリングが難しいシーンが多かったので、タジキスタン戦を任されたのはすごく光栄なことでした。

 今回タジキスタンはグループステージで心の底から「絶対に勝ってやる」という気持ちを出していたので、なるべく落ち着かせるマネジメントを心がけました。ゲームが止まったときに「落ち着こう、落ち着こう」と声をかけ、後半にピッチへ出るときにもトンネルでタジキスタンの選手が集まっていたので、「何か問題があったら言ってくれ。落ち着いてやれば絶対にいいゲームになるぞ」と話しかけました。また、ゲームの温度が上がったら、長く会話をするようにした。気持ちが昂りすぎないように働きかけたことがうまくいったと思います。

――そのタジキスタン戦の審判団は、副審が三原純さんと聳城巧さん、VARが飯田淳平さん、第4審判がサウジアラビアの方、AVARはタイの方でした。無線システムの会話は何語で話すのですか?

 基本的に英語です。審判団全員が日本人でも英語で話すことが求められます。なぜなら我々のコミュニケーションシステムの音声が、AFCの審判インストラクターたちがいるホテルの会議室へ飛んでいるからです。日本語だと正しいやりとりをしているかチェックできないので、英語で話さなければなりません。

 ただ、それほど長いセンテンスの会話はせず、ボールにプレーしたとか、こちらからは顔に当たったように見えるだとか、そういった単純な会話です。もうこれは慣れですね。アジアカップに参加した日本人レフェリーはみんなすぐに英語に切り替えられるメンバーなので、ストレスなく笛を吹くことができました。

「レフェリーはゲームの魅力を増すために選手に合わせる」

カタールW杯では山下良美(中央)など3人の女性主審が史上初めて選出されて大きな話題となった 【Photo by Masashi Hara/Getty Images】

――日本人主審がW杯の舞台で笛を吹いたのは、2014年W杯開幕戦のブラジル対クロアチアが最後です。今後、日本人主審の評価を高めていくには何が大事だと思いますか?

 日本に対する信頼をどれだけ上げられるかだと思います。現在JFA審判マネジャーである佐藤隆治さんが現役だったときは、「日本といえばサトウ」と言われていました。隆治さんが勇退された今、いかに次の日本人レフェリーが名前を覚えてもらい、ACLやW杯予選などアジアの舞台で信頼を得られるかがポイントになると思います。

――荒木さんは日本レフェリー界のトップランナーで2023年にU20W杯、2024年にアジアカップを担当して着実にステップアップしています。日本レフェリー界を引っ張るという責任と喜びを感じていますか?

 そうですね。隆治さんが勇退され、自分が日本を引っ張っていかなければと思っています。選手のみなさんが世界に出て活躍しているので、審判も世界に出て日本サッカーの価値を上げていきたいです。

 ただ、レフェリー業界も競争は熾烈です。U20W杯やアジアカップへ行くと、他国のレフェリーから「どうにかしてW杯で笛を吹いてやろう」という気持ちがひしひしと伝わってきます。カタールをはじめ中東の国はレフェリーの育成にものすごく資金を投じている。僕も野心を持って頑張っていきたいです。

 まずはW杯アジア3次予選が始まるので、そこでより難しいとされる重要な試合を担当することがポイントになってきます。

――FIFAやAFCではペナルティエリアの事象をより近くで見ることが求められるということですが、他にも国内外で異なる点はありますか?

 ACLでいうと、中東らしいプレースタイルがあると思います。中東の選手たちは守備の際、相手に触れずにボールだけに触れるのがうまいと感じています。

 試合に対して何を求めるかも違うと思います。日本の選手はクリーンに安全第一にプレーすることを求めている印象で、激しいスライディングに対して怖さを感じる選手が多いと思います。一方、中東はそこをあまり気にしてない。接触プレーで簡単に笛を吹かず、もっとバチバチやらせてくれよという感覚です。

 レフェリーも選手のフィーリングに合わせることが仕事のひとつだと思うんです。大多数の選手が安全第一にプレーしたいのなら、その基準に合わせる。接触を厭わないならそれに合わせる。

 どちらがいいというわけではなく、レフェリーはゲームの魅力を増すために選手に合わせる必要がある。そういう意味で国際審判員は普段から海外サッカーをしっかり見ていかないと、ズレが生じてしまいます。

<次回に続く。6/28(金)掲載予定>

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著者プロフィール

1975年、東京都生まれ。金子達仁のスポーツライター塾を経て、2002年夏にオランダへ移住。03年から6年間、ドイツを拠点に欧州サッカーを取材した。現在は東京都在住。著書に『サッカーの見方は1日で変えられる』(東洋経済新報社)、『革命前夜』(風間八宏監督との共著、カンゼン)、『直撃 本田圭佑』(文藝春秋)など。17年4月に日本と海外をつなぐ新メディア「REALQ」(www.real-q.net)をスタートさせた。18年5月、「木崎f伸也」名義でサッカーW杯小説『アイム・ブルー』を連載開始。

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