元サラリーマンたちが引っ張った越谷のB1昇格 「特殊なチーム」が積み上げたユニークな歴史と文化
社員メンバーの価値と難しさ
プロ選手と社員選手の混在状態は今も残っている 【(C)B.LEAGUE】
「僕らはプロとして、このバスケットに生活を懸けています。彼らはもう一つ違う仕事を持っている。でも『扱いは完全に一緒にする』と伝えています。本当なら(プロと会社員を)選ばなければいけないし、そういう部分を話しながらでしたけど、彼らも本当に変わったと思います。練習も来られるときはずっと来て、しっかり自分の役割を果たしてくれていました。特殊なチームだと僕は思っていますけど、そこが一つになれた」
キャプテンも社員メンバーに厳しく接していた。
「僕はプレーオフが始まる前に『仕事があって、なかなか練習に来られないのも分かるけど、チームだから10分でも、20分でも、何でも良いから来て欲しい』と伝えました。俺らが今、何をしているのか、どのような雰囲気でやっているかを見ないで、試合だけ来て手伝っても、なぜこうなっているかという過程を知れません。彼らの存在意義は大きいと思っていますが、だからこそ練習も彼らが来ることによって、僕らも気持ちの部分で『来てくれた』となる」
二人のコメントからは社員メンバーを擁する難しさも滲んでいた。決して「いい話」では済まない葛藤もおそらくあったのだろう。
コピー機の飛び込み営業を経験
上原社長と長谷川はチームメイトとして戦っていた(当時の選手名鑑より転載) 【筆者提供】
「コピー機を売っていました。バリバリ営業です」
東京都足立区の営業所に配属された彼は新規開拓、飛び込みといった「営業中の営業」とでも言うべき仕事を任されていた。全体練習は週1回の水曜日のみで、当然ながら社業優先。練習に参加できず「ぶっつけ本番」で出場する試合も当たり前にあったという。
そんな彼らにとって試合は生きがいであり、楽しみであり、「日常のストレスを発散する場」でもあった。
2013年当時はまだ日本のトップリーグNBLに企業チームが残っていた時代。ただ1部の強豪は基本的に社業免除で、オフィスに出勤するチームも「午前中のみ」というスタイルだった。現在のBリーグに長谷川のような「ガチの営業マン経験者」はおそらくもういないだろう。アスリートとして見れば遠回りでも、それは彼を人間としてタフにした経験だったに違いない。
上原社長は長谷川についてこう述べる。
「今シーズンのチームは(長谷川)智也なしは語れません。僕が選手のとき、智也はまだ1年目2年目で、まだやんちゃな部分もありました。他のチームを経験して『10年経ったら、人はこうなって、キャプテンの自覚も出て、こんな顔つきになるのか』という変化がありました。成長してベテランになって、アルファーズの歴史を知って、こうやって支えてくれているーー。そう思うと、本当に頼もしい存在です」
次なる課題は「アリーナ」「プレミア」
越谷アルファーズとしての歴史は「これから」だ 【(C)B.LEAGUE】
選手が地元の小学校、中学校を訪問する「あいさつ運動」などで、地道に認知度を上げてきた。越谷名産のネギを模したメガホン「ネギばんばん」はアルファメイトには欠かせない応援アイテムとして、大ヒット商品となっている。
B1昇格という大きな成果を手に入れた彼らだが、2026年からスタートするBプレミアへ参入するためには「新基準アリーナ」を用意する必要がある。クラブは3月27日、市が所有するレイクタウン周辺の土地使用、アリーナ建設の支援を求める要望書を越谷市に提出した。
どこが主体になるにせよ、アリーナ建設は相応の費用と時間がかかるプロジェクトで、一朝一夕に実現のするものではない。とはいえB1昇格、入場者増といった結果は大きな吸引力になる。
上原社長は述べる。
「越谷の方はまだB1チームが来たのを見ていません。『こんなに人が来てくれる』『こんなに街が盛り上がる』という様子は、来シーズン必ず見えてくると思います」
埼玉は関東1都6県で唯一の「B1無し県」だったが、越谷の昇格で他府県に追いついた。安齋HCの古巣・宇都宮や、上原社長の古巣・茨城のファンも越谷へ駆けつけるに違いない。そこには必ず新しい景色が見えてくる。地域おこし、まちおこしの核としてのポテンシャルは期待していい。
もちろんチームは「実業団からプロ」の過渡期をようやく乗り越えたばかりで、他のB1クラブに比べれば基盤整備が出遅れている。しかし越谷には会社、チームとも地に足の付いたリーダーがいる。親会社が多額の資金を投じて急成長をする新興チームとは成熟度の違う、大塚商会時代から積み上がった文化と「人の縁」がある。そこは間違いなく彼らの強みで、B1やBプレミアでの成功を期待させる部分だ。