引退覚悟から巻き返した大堀が悲願の五輪初出場 バドミントン代表レース最終戦で決着

平野貴也

課題克服で試合展開に変化

169センチの長身を誇るサウスポーの大堀 【平野貴也】

 苦戦が続いた時期、ずっと抱えていた課題は、体力と試合運びにあった。食事の量を増やすなど工夫はしてきたが、明らかに細身。前後左右に振り回されて体力を削られると、疲労と焦りから、得意とするオーバーハンドショット一発で決めたがり、強引に打ち込んでミスを連発する姿が目立った。

 負けパターンを知っているため、試合終盤は負のイメージが強くなり、勝利目前から大逆転負けを喫することも少なくなかった。リードを上手く生かせず、試合運びで相手にプレッシャーをかけられない、典型的な選手だった。しかし、23年から日本A代表の女子シングルス担当が今別府香里コーチに代わると、通常より重いトレーニングラケットを振り、苦手だったドライブ戦(低くて速い弾道の球を打ち合う展開)を強化した。

 低空戦を怖がらず、前寄りに立てるようになると、長身の大堀を避けようとする相手が高く打ち上げることが多くなった。後方に走らされる点は変わらないが、低くて速い球で上体をあおられることは少なくなり、十分な体勢から持ち味のオーバーハンドショットを繰り出せるようになった。ネット前では高い打点で止める、後ろからは強打を打ち込む展開で相手に圧力を与えることが可能になった。

 変化が謙虚に表れたのは、23年10月のアジア大会だった。団体戦の中国戦では、東京五輪金メダルの陳雨菲(チェン・ユーフェイ)に敗れたが、接戦。個人戦では世界ランク4位で元世界王者の戴資穎(タイ・ツーイン=台湾)を破って銅メダルを獲得した。

23年秋からトップ選手を次々に撃破

24年2月には、タイマスターズで5年ぶりとなる国際大会優勝を果たした 【写真:REX/アフロ】

 大堀は、アジア大会での戦い方は、シャトルのスピードが出にくかった体育館の特徴によって可能だったという見解を示していた。得意の強打が決まりにくいため、ネット前に球を沈め、相手に拾い上げさせようとする戦い方が互いに増えることを予測。そのため、コート前方に位置を取ったと話していた。しかし、世界トップレベルに通用する戦い方が一つ見つかったことの効果は、大きかった。

 同じ月に行われたフランスオープンでは、五輪と世界選手権を合わせて4度も世界の頂点に立っているキャロリーナ・マリン(スペイン)を初めて撃破。準決勝で敗れた戴資穎との試合でもマッチポイントを握る接戦を展開。トップレベルの選手と互角に渡り合える力を証明した。

「アジア大会は、自分を変える大きなきっかけになった大会でした。でも、まだ半信半疑でした。その後に少しずつ以前より(強い相手に)充実した試合ができるようになり、偶然ではなかったと思えるようになりました。マリン選手に勝てたことで『あっ、できるな。私でも、もうちょっと頑張れば、いけるかもしれない』と、自分に対する期待が以前より大きくなりました」(大堀)

 年が明けて24年2月には、タイマスターズで5年ぶりとなる国際大会優勝も果たした。この大会では、国際大会で10連敗を喫していた奥原にも勝利。3月のフランスオープンでも直接対決を制した。日本の女子シングルスでは、山口が安定して世界トップレベルの成績を維持。長引く負傷で大きく出遅れた奥原が、23年秋から2番手の大堀を猛追した。ヒリヒリとする日本勢2番手争いが繰り広げられたが、大堀は直接対決の2連勝で五輪出場権を大きく引き寄せた。奥原の負傷が大きく響いていることは間違いないが、大堀が自力で五輪レースランク16位以内と日本勢2番手を確保したことも間違いのない事実だ。

日本の秘密兵器、5人のメダル候補を打ち破れるか

 若年期から高い期待を受けながら、なかなか応えられずに来た大器が、ようやく世界トップレベルと渡り合えるようになった。体力面の課題は残されているため、複数の大会を戦い続けるワールドツアーで安定した成績を残す面では、まだ世界のトップレベルとの差はあるが、大堀は、五輪レースを通して、誰が相手でも戦える選手に成長した。

 メンタル面は、以前と明らかに違う。プレーの進化について聞いたが、大堀は、それよりもメンタルがすべてだと言い切った。

「今までは、何の実績があるわけでもないのに、相手の方がランキングが下だと、負けられないと思ってしまったり、謎の根拠で、自分は、ここまではいける、ここからは勝てないという線を自分の中で作ってしまったりしていた。でも、今は、本当に相手が格上か格下かは、自分の中では重要なことではなく、後悔なく終わることができたら、それでレースは合格だと思ってやってきて、後悔なく全力で戦い切るという心構えが、プレーにつながっていると思っています」(大堀)

 世界の女子シングルスは、現在5人がトップ争いを繰り広げる形になっている。1番手は、23年世界女王のアン・セヨン(韓国)。背中を追うのが、山口、マリン、陳雨菲(チェン・ユーフェイ)、戴資穎(タイ・ツーイン)と、いずれも上記に名前が登場した4人。メダル候補に名前が挙がるのは、彼女たちとなる。しかし、23年アジア大会以降の成績が物語るように、大堀は5強の枠を破る可能性を秘めている。それは、つまり、パリ五輪でメダルを獲得する可能性が、十分にあるということだ。早熟かと思われた遅咲きの大器は、日本の秘密兵器となり得る。

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著者プロフィール

1979年生まれ。東京都出身。専修大学卒業後、スポーツ総合サイト「スポーツナビ」の編集記者を経て2008年からフリーライターとなる。主に育成年代のサッカーを取材。2009年からJリーグの大宮アルディージャでオフィシャルライターを務めている。

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