井口資仁『井口ビジョン』

井口が現役引退まで貫いた「チームのために戦う姿勢」 引退試合では野球の神様から届いた労いも

井口資仁

貫いた「チームのために戦う姿勢」

 ロッテで選手として過ごした9年間、僕が貫いたのがチームのために戦う姿を示し続けることでした。高い年俸をいただき、職業として野球をやらせてもらっているのです。多少体が痛くても、状態が100%万全ではなくても、球場に観に来てくれているファンや遠方から応援してくれるファンのために最大限の準備をして試合に臨むのがプロ。ダイエー時代に王監督や秋山さん、工藤さん、小久保さんら大先輩から教えていただいた心構えを、ロッテの選手たちに伝えたかったのです。

 ただ、僕は後輩にあれやこれやと言うタイプではありません。だからこそ、ポジションが二塁から一塁、そしてDH(指名打者)、代打へとチーム内の役割が変化しても、練習を重ねて試合に臨む姿勢、チームの勝利を第一に全力でプレーする姿勢を貫きました。ベテランになっても勝利に貪欲で、積み上げる努力を欠かさない姿を示し、それを見た若手選手が大切なことを学び取ってくれればいいと感じていたからです。

 代打での途中出場が増えるようになってからは、それまでとは違った視点から試合が見えるようになりました。守備に就いていると打者や打球から目を離せませんが、ベンチにいると選手一人一人の表情や相手ベンチの様子、代打や継投を決めるベンチ内でのやりとりなどが、つぶさに分かるのです。

 隣に座った若手選手に「次は何が来ると思う?」「ゴロに打ち取りたいはずだから、その前に直球を一つ挟むはず」といった具合に配球のセオリーを教えながら、視界の端では監督・コーチと他の選手とのやりとりを捉える。なるほど、あの選手はもう少し早いタイミングで代打の可能性を伝えてほしいんだな―。この選手は少し気持ちが空回りするから、伝え方に気を付けた方がよさそうだ―。自分だったらもう一つ前のタイミングで投手交代しただろう―。現役最後の3シーズンほどは新たな視点から試合全体を俯瞰し、野球への学びを深める時間となりました。

「トリプルスリー」
「2000本安打」
「40歳まで現役を続ける」

 プロ野球選手になった時に掲げた三つの目標です。「トリプルスリー」には届きませんでしたが、2013年7月26日には、この年に24勝を挙げた東北楽天ゴールデンイーグルスの田中将大から左翼へソロ本塁打を放って日米通算となる2000本安打を記録。2017年9月24日の引退試合には42歳9か月で臨み、40歳まで現役の目標を達成しました。

 現役時代を振り返ると、当初思い描いたようなビジョン通りに進まなかったことは多々ありますし、目標に向かって邁進する道のりで新たな世界や価値観と出会い、ビジョンを描き直したこともあります。プロの世界で生き残ることに必死だった駆け出しの頃、試合はもちろん野球界を広く捉える視野が備わり、自分の経験を若手に伝えていくようになったキャリア晩年。自分の立ち位置や役割は少しずつ変化しましたが、軸として変わらなかったことが一つ。それが「優勝のため、チームのためにプレーする姿勢」でした。先にも記しましたが、やはり野球はチームスポーツ。優勝や勝利を一人で摑むことはできません。関わる全員が同じ目標に向かった時、チームとして大きな力を発揮することになるのです。

 幸いにも僕は、キャリアを終えるタイミングを自分で決めることができました。怪我であったり戦力外通告であったり、野球選手の多くは辞めざるを得ない状況に立たされ、望まざる引退を決意しなければなりません。自分で引退を決められるのは幸せなことなのです。

 2017年6月、シーズン中に行った引退発表は、当時リーグ最下位に沈んでいたチームの起爆剤にしてほしいという思い、そしてユニホームを脱ぐその日まで全力プレーを続け、ファンをはじめ、僕のキャリアに関わったすべての人に対する感謝の意を伝えたいという思いが込められていました。敵地でも晴れやかな笑顔で送り出してもらったことは深く心に刻まれています。

 そして何より、引退試合の9回、キャリアを通じて追い求めてきた右翼方向への強い打球が右中間スタンド中段に飛び込む同点2ランとなったことは、ロッテファンの皆さんへ贈る最高の惜別メッセージになったのではないでしょうか。同時にあの一発は、野球の神様から僕に届いた「21年間、お疲れ様」という労いだったのかもしれません。

書籍紹介

【写真提供:KADOKAWA】

 高校では甲子園出場、大学では三冠王と本塁打新記録。

 プロ野球では日本一、メジャーリーグでは世界一を経験し、ロッテ監督時代は佐々木朗希らを育てた。

 輝かしい経歴の裏には、確固たる信念、明確なビジョンがあった。ユニフォームを脱いで初の著書で赤裸々に綴る。

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