「相撲の内容は一切わからない」行司は力士のどこを見ている? 歴33年、木村銀治郎が語る大相撲の裏側

飯塚さき

多岐にわたる行司の仕事

 土俵上の裁き以外にも、行司の仕事はたくさんあります。主な部署は3つ。ひとつは「割場」といって、日々の取組を作るところです。ここは20人ほどいる一番大きな部署で、審判部の親方衆と連携して毎日の取組を作り、間違いがないか確認します。2つ目は場内アナウンス。10名ほどの行司でシフトを組み、交代しながら取組や土俵入りのアナウンスをしています。そして3つ目は、いま私がいる星取表を作る部署。毎日の勝敗を確認して、表を作って印刷します。三段目格に上がると、皆これらどこかの部署に配属になります。

 そのほか、毎年選挙で選ばれる監督が3人。行司の仕事が円滑に回るように、事務的な仕事全般を請け負っています。最高位である立行司には、こういった役割はありません。

 私はこれまで、監督以外の役割はどれもこれもしてきました。自分の出番の関係もあるので、みんな複数の部署を経験していきます。よく覚えているのは、天覧相撲のときのアナウンス。当時の天皇(現上皇)陛下ご夫妻がおふたりで来られた日に、アナウンスを担当しました。「天皇陛下と皇后陛下がお入りになります。皆さま拍手をもってお迎えください」といったことを話したり、私のアナウンスの後に君が代が流れたりと、いつもとは違う雰囲気なわけです。プレッシャーというか、なんだかドキドキして、無事に終わった後はぐったりしましたね(笑)。

行司は「なんでもできないといけない」

 本場所以外にも役割は多くあります。番付表や巡業中の掲示物などはすべて行司が筆で書いていますし、私が長く携わった「輸送係」という役割は、巡業の行程を組む係です。兄の影響で幼少期から電車が好きだった私は、旅行も大好きで、輸送係の仕事はとてもやりがいがありました。日程会議のときに、ここからここまでどれくらいで行けるのかと聞かれて瞬時に答えられるだけの知識を身につけ、会議が滞りなく進められるようにしていました。

 たとえば、函館から札幌までの移動は、東京からだと三河安城の手前くらいまでの距離があります。関東圏の人からすると「そんなに遠いんだ!」と思いますよね。しかも、特急電車に乗っても4時間かかります。なぜなら、途中に電化されていない区間があって、ディーゼルの特急で行かなくてはいけないからです。その知識があれば、「だからここは5時間かかるけれどバスで行きましょう」という提案ができます。こうした輸送係の仕事に関するあれこれは、拙著『大相撲と鉄道』(交通新聞社)にしたためましたので、よろしければぜひご覧ください。

 若い頃から巡業に出て、常に周囲を気にしながら移動していれば、ここのサービスエリアはトイレが少ないから休憩はこちらのサービスエリアにしようといった、いろいろな気遣いができます。特に現代はインターネットがあるので、気になったらすぐに調べる。どんなことでも頭に入れておいて無駄な知識はありません。

 部屋によっては、師匠や部屋の用事を任されたり、断髪式の準備をしたり、昇進パーティーや結婚式の準備をしたりと、私たちは常にさまざまな業務に追われています。行司はまさに読んで字のごとく、「行い司る」仕事です。行いとは大相撲の興行すべてを指し、それを司る仕事。つまり、行司はなんでもできないといけないんです。

行司は「なんでもできないといけない」と語る木村銀治郎。多岐にわたる仕事を丁寧に解説してくれた 【スポーツナビ】

 最後に、9月場所を見に来られる方には、とにかく国技館という和のアミューズメントパークを楽しんでいただきたいと思っています。一歩足を踏み入れたら、そこはもう江戸時代。歩いていればお相撲さんとすれ違うこともありますし、お寿司や肉、ちゃんこといったおいしいグルメを楽しむこともできます。そして、いざ土俵を目の前にすると、力士たちの息遣いや頭でぶつかる鈍い音、吹き出る汗など、テレビでは伝わらない部分まで感じることができます。館内はすべてが非日常。大満足でお帰りいただけることはお約束します。1日中楽しめますので、できれば朝から来ていただきたいですね。

2/2ページ

著者プロフィール

1989(平成元)年生まれ、さいたま市出身。早稲田大学国際教養学部卒業。ベースボール・マガジン社に勤務後、2018年に独立。フリーのスポーツライターとして『相撲』(同社)、『大相撲ジャーナル』(アプリスタイル)、スポーツ庁広報ウェブマガジン『Deportare』などで執筆中。2019年ラグビーワールドカップでは、アメリカ代表チーム通訳として1カ月間帯同した。著書『日本で力士になるということ 外国出身力士の魂』、構成・インタビューを担当した横綱・照ノ富士の著書『奈落の底から見上げた明日』が発売中。

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント