「超人間級」の冷静さで日本を引っ張る河村勇輝 ベネズエラ戦で見せた密かなファインプレーとは?

大島和人

東海大入学後には低迷した時期も

河村は守備、ボールの争奪で「戦える」存在でもある 【(C)FIBA】

 高校1年のウインターカップで彼を見たときから、もちろん能力は高かった。浮ついたところのない謙虚なキャラで、「しっかりした子」にも見えた。しかし彼から受ける衝撃はプロ入り、代表入りと周囲のレベルが上がってからのほうが大きい。

 まず2020年の1月から3月に見せたサプライズはBリーグの歴史に残るものだ。福岡第一高の卒業を控え、東海大入学直前の彼は「特別指定選手」の制度を利用。インターンシップのような形で三遠ネオフェニックスに加入し、鮮烈なB1デビューを飾った。1試合平均で12.6得点のスタッツは、B1で通用する高校生がいる証明にもなった。

 一方で日本社会はそこからコロナ禍に突入し、河村も雌伏の時を過ごす。肉体改造の副作用で一時的にシュートタッチが乱れ、また相手の研究が進んだことで強みも消されるようになっていた。2020-21シーズンの冬は横浜ビー・コルセアーズに合流したが1試合の平均が6得点で、3ポイントシュートの成功率は20.5%。こちらが「どこかを傷めているのだろうか?」と心配になるほどだった。

 彼はそんな壁を1年で乗り越えた。2021-22シーズンは横浜BCに戻ると22年1月のBリーグ月間MVPを獲得する大活躍。3月には大学の中退とプロ入りを発表すると、翌シーズンはシーズンのMVPに上り詰めた。河村は苦労知らずのエリートでなく、速いサイクルで勤勉に課題の認識・克服のサイクルを回す「スーパー苦労人」だ。

ベネズエラ戦で見せた狡猾さ

 ベネズエラ戦ではフィンランド戦のようなビッグプレーでなく、オフボールの「スモールプレー」で流れを作った。日本が76-74とリードした第4クォーター残り1分30秒、相手のミドルが外れ、河村はジョシュ・ホーキンソンからリバウンドのボールを預かった。ここで河村は敢えてプレーを止め、審判にボールの交換を要求する。

「あれは本当に、ボールにすごく汗が付いているのが見えていました。次の1ポゼッションすごく大事だったので、止めて、トムさんにコールを聞いたりして、流れをもう1回(日本に戻したかった)。自分たちのこの1ポゼッションで勝負が決まるところだった。ちょうど汗が付いていたので、うまくアピールできて良かった」(河村)

 日本が残り1分55秒に比江島慎のエンドワンで逆転したものの、ベネズエラはフルコートのプレスをかけてくるなど反撃の機をうかがっていた。河村は敢えて間を取ることで、次のポゼションを有利にしつつ、流れが日本に留まるように仕向けた。いい意味で狡猾な判断だ。

 一気にテンポを上げて攻める方法もあったろう。普通の22歳だったら、なおさら残り1分30秒で自分がボールを受ければ攻めたくなる。そもそもボールの湿りに注意が向かないかもしれない。間違いなく、あのタイミングで交換を促そうという余裕はない。

 河村は敢えてここで試合に小休止を入れた。日本はそこから一気にベネズエラを突き放して86-77で勝利するのだが、そんな終盤の潮目になったシーンだった。

オフコートでも司令塔?

 私が現場で取材して今回もっとも驚かされたのはフィンランド戦の「試合後」だった。歴史的な勝利を受け、ヒーローのコメントを取ろうとメディアは殺気立っている。選手の通過するエリアと、メディアがいるメディアは仮設の柵で区切られているのだが、人が一気に押し寄せて柵が動くほどの圧がかかった。

 河村は表情を変えず「皆さんお気をつけて。大きな声で喋ります」とその場を落ち着かせた。位置取りに失敗したメディアが不利にならないよう、しっかり声を張って語った。通常は「早いもの勝ち」「声の大きいもの勝ち」になる質問も、河村は偏りが出ないように自分から指名してその場を仕切った。

 激闘を終えても浮かれる様子が一切なく、疲れも見せず、コート上と同じような気配りができる。河村は大学4年生世代で、高校生にも見えるくらいの童顔だが、そういうふるまいは超若者級……いや超人間級だ。冷静で、度胸があり、賢くて、気配りができる。しかも若者にありがちな「背伸び感」がない。

 バスケ選手ならば身長、身体能力、スキルといった要素が重要だ。PGはさらにチームのリーダーなので修羅場での落ち着き、状況判断やコミュニケーション力といった人間力が問われる。偉大なPGは痛い経験も積みながら、それを経験の中で磨いていく。

 河村は22歳で迎えた人生初のW杯から、少なくとも我々が想定していた以上にやれている。試合を見るほど、取材をするほどにある種の「恐ろしさ」を感じる若者だ。

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著者プロフィール

1976年に神奈川県で出生し、育ちは埼玉。現在は東京都北区に在住する。早稲田大在学中にテレビ局のリサーチャーとしてスポーツ報道の現場に足を踏み入れ、世界中のスポーツと接する機会を得た。卒業後は損害保険会社、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を開始。取材対象はバスケットボールやサッカー、野球、ラグビー、ハンドボールと幅広い。2021年1月『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

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