連載:元WBC戦士は語る―侍ジャパン優勝への提言―

「吐き気を感じた」WBC決勝・先発の重圧 岩隈久志が貫いた覚悟と目にした国民の大熱狂

小西亮(Full-Count)

2009年WBC第2回大会、韓国との決勝で先発を託された岩隈久志。どんな思いでマウンドに上がったのだろうか? 【Kevork Djansezian / Getty Images】

 あのマウンドにもう一度立てと言われたら、素直に頷けないかもしれない。2009年の「ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)」第2回大会。侍ジャパンの連覇がかかった決勝・韓国戦の先発を託されたのが、岩隈久志氏だった。「日本代表のユニホームを着るということは、他とは比にならないほど重たかった」。人生最大の大舞台で、日の丸を背負う使命と向き合った。

 7回2/3を投げ、4安打2四球6奪三振で2失点。悲願につながる97球で、周囲からは「影のMVP」と称えられた。誇らしい達成感とともに、列島の大熱狂も体感。まもなく14年が経とうというのに、強烈な記憶として思い出す。

決勝当日の試合前にビバリーヒルズへ

決勝戦を8回途中4安打2失点で降板した岩隈久志。「みんなで戦う」という意識でマウンドに上がったと話す 【写真:ロイター/アフロ】

 第2ラウンドの戦いを終え、米サンディエゴからロサンゼルスへ西海岸沿いに移動してすぐだったと記憶している。準決勝を前に、ドジャースタジアムでの練習中、チームを率いる原辰徳監督から声をかけられた。

「決勝、任せたぞ」

 心の準備が整っていたわけではない。「任されるとは予想していなかったですね」。第2ラウンドで先発したキューバ戦から決勝までは、わずか中4日。先発陣のローテーションを考えても「ダル(ビッシュ)が投げるかと思っていました」。初めて経験する短い登板間隔に、当然不安もあった。

 迎えた決戦の日。ナイターを前にした午前中、高級ブティックが立ち並ぶ観光名所・ビバリーヒルズに足を運んだ。「気分転換の時間を作りたかったんだと思います」。今でこそ笑って振り返るが、試合開始が近づくにつれて緊張が襲ってきたのも事実だった。日が傾き、球場に着いた頃にはピークに達していた。

「マウンドに立つ前までは、自分じゃない感じでした。ウォーミングアップから吐き気を感じるくらい。やだな、まずいなという思いはありました」

 プロ初登板の時ですらなかったような感覚。ただ、縮こまる理由もなかった。「ベンチには、本当に素晴らしい投手陣がいた。いけるところまで全力でいって、みんなで戦う。自分だけじゃないという気持ちになると、少し楽になれました」。先を見ず、1球目から全力を注ぐことだけを考えると、いつも通りに腕が振れた。

 4回2死までパーフェクト。余裕すら感じる快投に見えたが、マウンド上の27歳はとにかく必死だった。

「一人も走者を出してはいけないというような、常に緊張感がありました」

 1点リードの5回先頭で、同点ソロを被弾。引きずることはなかったが、1死から左翼線に痛烈な打球を浴びた。「流れの中での二塁打は苦しくなる」。後手に回りそうになった気持ちは、仲間に救われた。左翼手の内川聖一外野手がワンバウンドでスライディングキャッチするや、二塁を狙った打者を素早い送球でアウトに。「あのスーパープレーに助けられました」と感謝は尽きない。

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著者プロフィール

1984年、福岡県出身。法大卒業後、中日新聞・中日スポーツでは、主に中日ドラゴンズやアマチュア野球などを担当。その後、LINE NEWSで編集者を務め、独自記事も制作。現在はFull-Count編集部に所属。同メディアはMLBやNPBから侍ジャパン、アマ野球、少年野球、女子野球まで幅広く野球の魅力を伝える野球専門のニュース&コラムサイト

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