前年最下位から「リーグ優勝」「日本一」という結果を得た2021年 ヤクルトに一体、何が起こったのか
(以下、書籍 第3章 「信頼」と「我慢」を積み重ねる 日本一に向けてチームが変化した理由)
古田敦也臨時コーチがもたらした刺激
【写真は共同】
「いよいよだな」という楽しみな気持ちがとても強かった。前年もそうだったけれど、開幕までは本当にワクワクしているものだ。
選手たちが高いレベルで競争をしている姿を見たり、練習試合やオープン戦で期待の選手が結果を残したりすると、本当に嬉しいし、楽しい。しかし、それは開幕当日までのことだ。そこからはずっと不安の方が勝るものだからだ。
2年連続最下位で終わり、秋季練習、春季キャンプを経て、この日を迎えることとなった。監督1年目と、2年目とでは、僕自身の心構えや意識などに変化が生まれていることに自分でも気がついていた。
1年目と比べると、自分でも「ちょっと厳しくなったな」という思いはある。「厳しい」というのは置かれている環境、状況が厳しいという意味ではなく、僕自身のものの見方が厳しくなったという意味だ。
例えば初年度だったら、「まあ、これでいいだろう」と思っていたことも「これじゃあダメだ」「もっとこうしなきゃダメだ」という見方に変わっていた。
選手に対する注文は確実に厳しくなっていた。具体的には言えないけれど、技術面、精神面、野球への取り組み方、全てにおいて「上辺だけじゃダメだ」「もっと掘り下げなくちゃ」という思いとなった。
そのためには、1年目よりもさらに深く掘り下げて取り組んだつもりだった。バッターのことはコーチに任せているけれど、投手についてはコーチだけではなく、僕自身も細かい点まで注文を出すようになった。当たり前のことができていなければ、いつまで経っても何も変わらないからだ。
監督初年度には「監督とコーチの立場、役割は明確に分けるべきだ」と考えていて実践していたし、その思いに変化はない。しかし、コーチも含めてより多くの目で見て、厳しい注文を出すことを僕は選択したのだ。
「より多くの目」という意味では、春季キャンプに招聘した古田敦也臨時コーチについても、同様の狙いがあった。
2020年シーズンの全日程が終了したのが11月のことだった。
その直後に古田さんにお会いしたときに、話の流れで僕の方から「来年のキャンプのお手伝いをしてくれませんか?」とお願いした。この時点では球団にも何も相談していないし、あくまでも僕の思いつきでのお願いでしかなかった。
古田さんが了承してくれたので、すぐに球団に掛け合い承諾を得た。そして、この選択は、僕の期待以上に多くのことをもたらしてくれることとなった。
ここ数年のスワローズは「投手陣再建」が大きなテーマだった。
もちろん、個々のピッチャーのレベルアップは必要だけれど、「バッテリー」というのはピッチャーとキャッチャーの両者を指す言葉である。当然、受け手であるキャッチャーもしっかりしないといけない。そんな思いから、古田さんには「まずはバッテリーを指導してください」とお願いし、「最後はバッティングもお願いします」という流れとなった。
当初は「全体ミーティングを」とお願いしたけれど、古田さんは「じっくりとバッテリーに話したい」ということで、野手陣は自由参加のバッテリーミーティングを行うこととなった。僕も実際に参加したけれど、それは実に熱心な内容だった。
基本にあるのは野村さんの教えだった。でも、そこに古田さんなりの考えを肉付けしたりしていた。僕としても、野村さんをダブらせたり、現役時代に古田さんと話し合ったりしたことを思い出して、「ああ、そうだったな」という思いだった。
かつて、スワローズには「野村の教え」が強固に根づいていた。
しかし、時代は移り変わり、野球自体が進化したり、退化したり、いろいろと変わっていく中で、必要に応じて野村さんの教えの解釈も変わってきていた。古田さんの言葉を聞きながら、そんなことを僕は感じていた。そして、実際に古田さんの教えを受けて、ピッチャー、キャッチャー、それぞれに変化が見られることとなった。
ピッチャーの場合は、目に見えてすぐに成果が出るということではなかったけれど、「こういう攻め方はできないの?」とか、「あのバッターを抑えるにはこういう攻め方もあるんじゃないの?」とか、「お前の場合はシュートを覚えれば、一気に投球の幅が広がるよ」とか、具体的なアドバイスを受けて、いろいろ試していた。
一方で、キャッチャーに関しては、技術面では確実に進歩した。
キャッチング、ブロッキング、フレーミングなど、細かい技術を手取り足取り教わることで、練習試合、オープン戦で、目に見えてわかる上達、進歩があった。正捕手の中村悠平が取材において何度も言っていたように、「キャッチャーの力でチームに勝利をもたらすんだ」という意識がすごく高まっていた。古田さんのおかげで、間違いなく中村をはじめとするキャッチャー陣に意識改革がもたらされたのだ。そして、その成果は秋に見事に結実することになる。
組織を変えるには「新しい血が必要だ」ということは、本書でも何度も述べてきた。2021年キャンプにおいて、チームに新しい風を吹かせてくれたのは、間違いなく「古田敦也臨時コーチ」だった。
意味のある「1」を大切にすれば、次が生まれる
昔からしばしば、「開幕戦とは特別な試合である」という考え方と、「あくまでも《143分の1》でしかない」という考え方があるが、僕の場合は迷うことなく前者である。
間違いなく、開幕戦とは特別な1日、特別な1試合だ。
表面だけ見ればどの試合であっても、1勝は1勝で、1敗は1敗かもしれない。けれども、開幕戦というのはスタートの試合である。他の試合は決してスタートの試合ではない。スタートというのは、とても大切なものだと僕は考えている。
スタートダッシュで勢いに乗ることはとても重要なことだ。
意味のある1を大切にすれば、次が生まれてくる。勝つに越したことはないけれど、少なくとも「意味のある1」を絶対に大切にしたい。2を生かすための1でなければダメなのだ。ダジャレみたいな言い方になるけれど、「1」の位置づけというのは、それぐらい重要なものだと僕は思っている。だから、全力を挙げて「1」である開幕戦を取りにいくつもりだった。
だからこそ、大事な開幕戦を小川泰弘に託した。前年の成績を基にしたのはもちろんだが、相手のエースに投げ勝つプレッシャーはとても大きいものだ。スワローズ投手陣を見渡した結果、彼に託したいと思った。チームとしてもそうだし、2021年の彼の成績を占う意味でも大切な試合だと考えていたのだ。
しかし、2021年開幕戦、我々は阪神に敗れた。しかも、開幕戦のみならず3連敗を喫することになってしまった。
「開幕戦は143分の1試合ではない」と思い、「特別な試合だ」と考えていたにもかかわらず、開幕3連戦は、阪神を相手に3連敗スタートとなってしまった。粘り強く、終盤追い上げる試合もあったけれど、3戦とも全て先制点を許し、常にリードを許したまま一度も勝ち越せず、ずっと追う展開というのは難しかった。
それでも、僕の気持ちは前向きだった。
確かに負けるのはめちゃくちゃ悔しい。腹が立って仕方ないこともある。でも、決して「辛い」とは思わない。もちろん、負けることが「幸せだ」とは思わない。思わないけれども、僕はこれまでにもっと辛い経験をしてきたから、監督として負けを喫することを「辛い」とは思わなかったのだ。