[連載小説]アイム・ブルー(I’m BLUE) 第27話 隠していた戦術の全貌

木崎f伸也
サッカー日本代表のフィクション小説『I'm BLUE(アイム・ブルー)』の続編が決定!
これを記念して、4年前にスポーツナビアプリ限定で配信された前作をWEB版でも全話公開いたします(毎日1話ずつ公開予定)。

木崎f伸也、初のフィクション小説。
イラストは人気サッカー漫画『GIANT KILLING』のツジトモが描き下ろし。
 通常、選手は練習開始より早くピッチに集まり、それぞれボール回しやランニングで体を温めるのがルーティーンだ。だが、この日は違った。全員がピッチ脇の巨大スクリーンの前に座り、監督が来るのを待っている。

「こういうのもドキドキするな」

 今関隆史が待ちきれないという感じで、足を小刻みに揺らしている。

 すでに朝食のとき、キャプテンの上原丈一は前夜に監督から聞かされたことをチームメートに共有していた。日本人選手は自分たちで戦術を考え始める悪癖がある、だからあえて間違った戦術を伝えていた、だがついに、全貌を伝える準備が整ったということを――。

 ジャージ姿のノイマンが画面の前に立った。手には小さなリモコンを持っている。

「君たちと私は、W杯という大きな山を目指し、日々登山の準備をしながら、その山に近づき続けている。だが、あえて山に至る地図を、君たちに見せてこなかった。君たちがそれぞれにルートを探し始め、隊列がバラバラになってしまうのを防ぐためだ。決して騙そうとしたわけではない」

 ノイマンがリモコンを操作すると、スクリーンにW杯初戦で対戦するブラジル代表の集合写真が映し出された。

「君たちがまず乗り越えなければならないのはブラジルだ。テクニックとフィジカル、すべてにおいて日本を大きく上回る。しかし、1つだけその差を覆す方法がある。それは相手を騙すことだ。相手を欺き、虚をつき、罠にはめ、相手を混乱に陥れる。そうすればどんな相手にも、勝機を見いだせる」

 一番後ろに座っている丈一は、マルシオの体に力が入るのが分かった。ブラジル出身者からしたら、「セレソンを欺くなんてできるの?」という感じだろう。

 ノイマンは右手を掲げ、3本の指をピンと立てた。

【(C)ツジトモ】

「では、どう欺くのか? もはや1つの戦術だけでは勝てない時代だ。プランA、プランB、プランC、3つの戦術を戦局に応じて使いこなしてもらう」

 ノイマンが右手を下ろしてリモコンを触ると、画面に「Plan C : Extreme Pressing」と表示された。

「プランCから説明する。エクストリーム・プレッシング、前線から猛烈にボールを奪おうとする戦術だ。そう、壮行試合のチリ戦でトライしたやり方だ。君たちに体験してもらったように、これは30分間すらもたない。だが、時間限定ならどうだろう? たとえば5分間なら持つのでは? プレーする側がどう感じているか、みんなの意見も聞いてみよう」

 ノイマンは選手たちを見渡し、高木陽介を指した。高木が少し戸惑った様子で、頭をかきながら立ち上がった。

「まあ僕は90分でもやり切る自信はありますけど、みんなの体力を考えると、5分限定はいい手かもしれません。たとえば、キックオフから開始5分だけ猛烈にプレスをかけたら、相手を混乱させられるんじゃないですかね」

「ヨースケ、鋭い分析だ。さすがリゴプールの選手、ぜひその案も取り入れよう。私がイメージしていたのは、相手にリードを許して絶対に点が欲しいときに、5分間限定でエクストリーム・プレッシングをかけることだ。一般的によく使われるのはパワープレーだが、それだけでは運に頼る部分が大きすぎる。パワープレーの成功確率を上げるには、ロングボールのセカンドボールを拾うことが不可欠だ」

 ノイマンは顔の向きを変え、「意味が分かるか?」と水島海に話を振った。水島は「Naturlich」(もちろん)と即答した。

「たとえば終盤に0対1で負けていたら、ロングボールを入れて、そのこぼれ球に対してエクストリーム・プレッシングをかけるということですよね」

「その通り。とにかく限定的に使用する。つまり、このプランCは緊急用の戦術ということだ」

 90分間続けるつもりは、最初からなかったのか――。丈一がずっと抱いていた疑問の1つが晴れた。確かに5分間限定なら体力が持つし、単純にパワープレーで事故が起こるのを待つより、はるかに得点の可能性が高い。高木が言うように、立会い時の“猫だまし”としても使えるだろう。

 次にノイマンは「Plan B : Progression」という文字を出現させた。

「プランBは縦に速く攻めるポゼッション、いわゆるプログレッションだ。そう、バックパスを禁止して練習試合をしたときのやり方だ。ずっと普通にパスを回してポゼッションをしていたチームが、いきなり縦主体のプログレッションに切り替えたらどうなるだろう?」

 ノイマンは選手を見渡して、今度は今関に当てた。意見を求められて、まんざらではない表情をしている。

「えーっと、横パスがなくなって斜めや縦のパスだけになったら、プレースピードが段違いに速くなりますよね。逃げていたゴキブリが、いきなり飛んでくる感じですかね。それはびっくりするでしょー」

 ノイマンは、今関の品のないたとえを無視して無表情で続けた。

「これは相手の虚を突くための戦術である。いわば奇襲戦術だ」

 試合において、攻撃のリズムに変化をつけるのは簡単ではない。疲労で体だけでなく思考も止まり、プレーがワンパターンになりがちだ。だが、もしプランBという共通認識があり、何かを合図に全員が縦方向へボールを運び始めたら、間違いなくそれは奇襲になる。

 今関は自分の表現が気に入ったようで、品のないたとえを続けた。

「ゴキブリも突然現れた方がショックは大きいから、忘れた頃にやるぐらいがいいかもね」

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著者プロフィール

1975年、東京都生まれ。金子達仁のスポーツライター塾を経て、2002年夏にオランダへ移住。03年から6年間、ドイツを拠点に欧州サッカーを取材した。現在は東京都在住。著書に『サッカーの見方は1日で変えられる』(東洋経済新報社)、『革命前夜』(風間八宏監督との共著、カンゼン)、『直撃 本田圭佑』(文藝春秋)など。17年4月に日本と海外をつなぐ新メディア「REALQ」(www.real-q.net)をスタートさせた。18年5月、「木崎f伸也」名義でサッカーW杯小説『アイム・ブルー』を連載開始

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