[連載小説]アイム・ブルー(I’m BLUE) 第26話 深夜の監督室

木崎f伸也
 偶然にも松森虎と同じく、ノイマンは戦場をたとえに出した。

「戦場でたとえよう。兵士が戦術を考えるような部隊が、戦場で勝てるか? 勝てるわけがない。全滅する。兵士が戦術に疑問を持ち、自分たちで修正するのは越権行為であり、極めて危険な行為だ」

 丈一は食い下がった。自分は仲間たちの命を預かってここに来ている。

「コマンダーが無能でも、兵士は何もせず死を受け入れろということですか? キャプテンとして、そんなコマンダーについていくわけにはいきません」

「逆に言わせてもらおう。もし兵士が無能だったら? コマンダーとしては自分の大切な戦術を授けるわけにはいかない。私はスーパーソルジャーと認めた兵士としか一緒に戦場に行けない」

 それぞれの主張がぶつかり、話は堂々巡りになった。通訳が女性なのが救いだった。フックスが必死にメモを取る姿を見ていると、感情のトゲトゲしさがなくなっていく。

 丈一はフックスが訳している間に息を整え、ノイマンが最初に言ったことに話を戻した。

「では、なぜ自分がキャプテン合格なんでしょうか?」

 突然、ノイマンの目がやさしくなったように見えた。そして少しだけ口角が上がった。笑っている? 監督の笑顔は初めて見た。

【(C)ツジトモ】

「君がスーパーソルジャーになったからだよ」

「意味が全然分かりません」

「君は自分たちの能力が足りないから、私の戦術を実行できないと言った。兵士としての限界を自覚したんだ。これはとても大事なことだ。オラル時代、選手が戦術を考えようとしたのは、自分たちの方が監督よりもピッチが見えていると考えていたからだ。日本人は理解したつもりになった瞬間、暴走が始まる。しかし、私のトリックにより、一向に君たちは理解したつもりにはなれなかった。きっとチーム内で衝突もあっただろう。もがき苦しんだことで、ようやく君は幻想を捨てて現実と向き合った。今なら戦闘法と戦術が違うことを理解できるだろう。ついにスーパーソルジャーの条件を満たしたんだ」

 まだ握手する気分にはなれない。だが、選手を覚醒させるためにノイマンがトリックに掛けていたことだけは分かった。

 ノイマンは再び目つきを鋭くして告げた。

「明日の練習で、戦術の全貌を明かそう。新たな扉が開く。みんなにも、そう伝えておいてくれ」

 丈一は席を立って言い返した。

「今日は握手しません。明日、あなたの種明かしを聞いて、握手するかを決めたいと思います」

「決して場の空気に流されない。その態度こそ、私が期待するスーパーソルジャーだ」

 部屋を出てエレベーターに乗ると、フックスが追いかけてきて「大丈夫?」と気遣ってくれた。

「キツネちゃん、ありがとう。大丈夫。ここまできたら監督のゲームを楽しむしかないでしょ」

 なぜノイマンが名将と呼ばれるのか、丈一はだんだんその理由が分かってきた。もう一晩だけトリックに付き合うのも悪くない。

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【(C)ツジトモ】

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【講談社】

80%の事実と20%の創作――。

代表チームのキーマンに食い込み、ディープな取材を続ける気鋭のジャーナリストが、フィクションだから描き出せた「勝敗を超えた真相」――。

【もくじ】
第1章 崩壊――監督と選手の間で起こったこと
第2章 予兆――新監督がもたらした違和感
第3章 分離――チーム内のヒエラルキーがもたらしたもの
第4章 鳴動――チームが壊れるとき
第5章 結束――もう一度、青く
第6章 革新――すべてを、青く

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著者プロフィール

1975年、東京都生まれ。金子達仁のスポーツライター塾を経て、2002年夏にオランダへ移住。03年から6年間、ドイツを拠点に欧州サッカーを取材した。現在は東京都在住。著書に『サッカーの見方は1日で変えられる』(東洋経済新報社)、『革命前夜』(風間八宏監督との共著、カンゼン)、『直撃 本田圭佑』(文藝春秋)など。17年4月に日本と海外をつなぐ新メディア「REALQ」(www.real-q.net)をスタートさせた。18年5月、「木崎f伸也」名義でサッカーW杯小説『アイム・ブルー』を連載開始

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