[連載小説]アイム・ブルー(I’m BLUE) 第15話 最年少トリオの「気付き」
後半15分、アンカーの秋山大がボールを持ち、前を向いた場面が映し出された。その瞬間、トップ下の有芯が前へ動き出すと、秋山から強烈なグラウンダーの縦パスが放たれた。まるでシュートのようなパスで、トラップするのが難しいと思えるほどだった。だが有芯は右足の外側を使ってボールを跳ね上げると、しなやかに着地点に走り込み、ボールがワンバウドした瞬間に右足を振り抜いた。惜しくもシュートは左に外れたが、静から動に劇的に加速した有芯の持ち味溢れるプレーだった。
「Geil(ヤバイ)! このシーンは後ろから見ていても震えたワ」
クルーガーが手をたたいた。
「あっりがとー。って、自慢したいわけじゃないからね。俺のプレーはさておき、アッキーがこういう厳しいパスを出すって、珍しいと思わない?」
秋山は2028年ロス五輪のキャプテンで、どちらかと言えば、バランスを取るのがうまい守備型のボランチだ。安全なプレーを好むため、「ミスター80%」と揶揄(やゆ)されることもある。
解説好きな水島が、有芯の問いに答えた。
「うん、珍しいかもですね。秋山さんはボールロストを警戒して、密集エリアにパスを出すのを好まない。確かにこのパスはすごく大胆。ミスパスになってもおかしくなかった。秋山さんらしくないです」
クルーガーは感覚的に、秋山の心理を捉えようとした。
「後半はGKの俺ですら、気持ちがチームとシンクロしたワ。きっとアッキーもそう感じたんやない? で、楽しくなって、ついユーシンに対して、『そこの調子に乗っているクソガキ、このパスを処理できるんか?』ってメッセージをパスに込めたんかも」
水島はメッセージという単語に反応して、スペインの名門バルサロナの話を引き合いに出した。
「バルサロナの下部組織では『パスはコミュニケーションと同じ』って教えられるそうです。パスは言葉と同じように、思いを込められるから。だからバルサロナの下部組織では『パスコースをつくる』とは言わず、『コミュニケーションパスをつくる』と呼ぶ。とにかくパスって、その人が考えていることが出る。あのパスにこそ、秋山さんが普段隠している本音がにじんでいるのかもしれませんよ」
有芯は「さすが先生の子、賢い!」と褒めた。
「そうそう。パスを受けたときに、アッキーからのメッセージを感じたんだ。『俺だってこういうプレーをできる。できないんじゃなくて、してないだけだ』ってね」
「で、おまえは何が言いたいん?」
クルーガーが率直に聞いた。
「完全に推測なんだけどね、ひょっとしたらアッキーって、すっごくストレスを抱えてプレーしてるんじゃないかなって」
水島も気になり始めたようだ。夕飯への遅刻を気にしていたくせに、こう提案した。
「それを知るには、特定のプレーを指定して、過去の試合から抜き出すといいかもしれません」
「ナイスアイデア。よし、ぎりぎりまで見てみよう」
有芯は「遅刻だけは絶対にしないから」と水島に伝え、23:29に携帯のアラームをセットした。
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新章を加え、大幅加筆して、書籍化!
代表チームのキーマンに食い込み、ディープな取材を続ける気鋭のジャーナリストが、フィクションだから描き出せた「勝敗を超えた真相」――。
【もくじ】
第1章 崩壊――監督と選手の間で起こったこと
第2章 予兆――新監督がもたらした違和感
第3章 分離――チーム内のヒエラルキーがもたらしたもの
第4章 鳴動――チームが壊れるとき
第5章 結束――もう一度、青く
第6章 革新――すべてを、青く
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