クライミング楢崎智亜に何が起きたのか 弟・明智「隣にいてあげられたら…」

C-NAPS編集部

五輪の重圧が結果に出た「ボルダリング2課題目のミス」

試合の命運を分けたのは「ボルダリング2課題目」だと弟・明智は語る。得意種目でポイントを逃したのは楢崎らしくなかった 【Photo by Maja Hitij/Getty Images】

―――スポーツクライミングの競技特性としてはコンバインドなので、各種目で1位を取ることが大きな意味を持ちますね。

 3つの種目の順位を掛け算し、その数値が低い選手順にランキングが決まるので、各種目のいれずれかで1位を取ることには非常に重みがあります。決勝は出場メンバーが7人だったので、掛け算の数値が小さくなる関係上、1位の重みはさらに増しましたね。

 実際にメダル獲得選手はいずれかの種目で1位を獲得しています。もし智くんが本来の力を出せていたとしたら、スピード1位、ボルダリングで2位以上を取ることが1つのプランだったと思います。

―――ボルダリングの2課題目は勝負の分かれ道になりましたか?

 ボルダリングは智くんが得意とする種目ですし、1位を狙えたと思います。3課題目は全員がクリアできずリザルトがつかなかったので、2課題目の出来が勝負の分かれ道になりましたね。でも出だしの1課題目からすでに動きが硬かったですね。2課題目に関しては普段では難なくクリアするレベル感だったにもかかわらず、落としてしまいました。智くんらしさを欠いていたように思います。

 3種目のリードでも落ちた33番はいつもの智くんの実力であれば、「落ちるはずのない、正直に言ってあり得ないと思える場面」でした。映像でリードの課題を見た瞬間に34、35、36番辺りが一番の踏ん張りどころというのは明らかでしたし、会場で課題を見た智くんなら絶対にわかっていたはずです。少し辛口にはなりますが、転落した33番のところはつらくても死ぬ気で手を出し、クリアしてほしかったですね。

―――智亜選手は惜しくも4位に終わりましたが、今回の順位は順当だったのでしょうか?

 正直、番狂わせ的な要素はあったと思います。金メダルのアルベルト選手はボルダリングもリードも本来のパフォーマンスは出せてはいませんでした。でもスピードでの1位を生かし、見事に五輪初代王者に輝きました。アルベルト選手の金メダルは誰も予想してはいませんでしたし、何より映像を見てわかる通り、本人が一番驚いていたと思います。

「五輪の舞台で、隣で智くんを支えてあげたかった」

試合後、互いに健闘を称え合い、リスペクトし合う各国の選手たち。アットホームな雰囲気もスポーツクライミングの魅力だ 【写真は共同】

―――試合後にリーダーズボードの前で選手同士が称え合う姿が印象的でした。

 決勝に出場した選手たちを含め、スポーツクライミングは懐が深く、思いやりのある選手が多い素晴らしい競技です。誰が勝っても平等に、心から称え合うという文化が根付いていますね。もちろん、結果に対しては悔しい気持ち、うれしい気持ちはそれぞれあると思います。でも順当であろうと、思わぬ選手が番狂わせ的に上位に来ようと、お互いをリスペクトし合う文化は競技者として誇りに思っています。

―――東京五輪が終わり、3年後のパリ大会へ向けてのスタートとなります。兄弟でかなえたい夢についても教えてください。

 五輪とは限りませんが、智くんとは「大きな大会でワン・ツーを独占したいね」とはよく話しています。大きな舞台でそろって表彰台に上がりたいという思いは、クライミングを始めたときからありますね。

 そして東京五輪に関しては、智くんが決勝の舞台を1人で戦っているのを見て、「僕が出場して隣にいてあげられたら、気持ち的にももう少しリラックスして登れたのかな」とは思いました。智くんを1人にさせてしまったことを申し訳ないと思っていますし、それは自分の実力不足です。だからこそ兄弟でパリ五輪に出場したい気持ちが一層高まりました。

―――この10年でクライミング施設が5倍以上に増え、老若男女、クライミングを楽しむ文化が徐々に浸透しつつあります。今後に期待されていることは何ですか?

 クライミングが人気になることを全選手が願っています。実際にやってみれば面白さがわかると思うスポーツだからこそ、クライミングジムにも気軽に来てほしいです。多くの人が「楽しそう」「やってみたい」と思っていただける機会に、東京五輪がなっていたらうれしいですね。

引退を表明した野口啓代のラストは必見

6日には女子の決勝が行われるが、引退を表明した野口啓代にとってはラストを飾るクライミングとなる 【Photo by Maja Hitij/Getty Images】

―――最後に6日の女子決勝の展望についてもお聞かせください。

 クライマーなら絶対に見なければいけない試合だと思っています。啓代ちゃん(野口啓代選手)の現役最後の晴れ舞台ですから。長年にわたりクライミング界を引っ張ってきた正真正銘のレジェンドのラストなだけに、金メダルを取って引退してほしいですね。チャンスも十分にあると思いますから、気合と気迫で押し切ってほしいです。同じく日本人の生萌ちゃん(野中生萌選手)も良い仕上がりを見せているので、2人でのメダル獲得も十分にあり得ると思います。

 そして、繰り返しにはなりますが、クライミングを普及させ、僕がクライミングを始める前から世界の第一線で戦い続けた啓代ちゃんの最後を、みなさんも全力で応援していただけたらうれしいです。

楢崎明智(ならさき・めいち)

【写真:本人提供】

1999年生まれ。楢崎家3人兄弟の三男。3つ上の兄・智亜に続き小学2年生のときにクライミングを始める。13歳で出場したジュニアオリンピックカップ大会で優勝し、2013年にユース日本代表に。その後、国内、海外の大会で優勝を重ね、16年にワールドカップ初参戦。 国内最大級コンペThe North Face Cup 2016でアダム・オンドラや兄・智亜を抑え史上最年少で優勝し話題を集める。アジア選手権2018ではボルダリング、コンバインド優勝の2冠を達成した。

2/2ページ

著者プロフィール

ビジネスとユーザーを有意的な形で結びつける、“コンテキスト思考”のコンテンツマーケティングを提供するプロフェッショナル集団。“コンテンツ傾倒”によって情報が氾濫し、差別化不全が顕在化している昨今において、コンテンツの背景にあるストーリーやメッセージ、コンセプトを重視。前後関係や文脈を意味するコンテキストを意識したコンテンツの提供に本質的な価値を見いだしている。

新着記事

スポーツナビからのお知らせ

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント