萩原智子が驚いた、池江璃花子の修正力 五輪での活躍期待も「休む勇気も大切」

構成:平野貴也

筋力・体力の低下、飛び込みに影響

筋力は飛び込み時に影響を感じたという。今後、筋力が上がればさらにタイムは伸びていきそうだ 【写真は共同】

 自由形もリーチの長さを生かしたストロークで、前方の遠いところの水をつかんで後方に押し切れていました。ほかの選手が3回かくところを2回かけば進めるような泳ぎが、彼女の特長です。大きい泳ぎで伸びが出るため、疲労が溜まる後半で有利に働きます。ブランクがあると筋力が落ちるだけでなく、柔軟性もなくなるのですが、自由形のストロークを見ていると、肩甲骨周りの柔軟性は衰えていなくて、腕がよく前に伸びていました。また、息継ぎの上手さも、変わっていませんでした。自由形の100メートルでは、多くの選手が腕を3、4回かく間に1回の呼吸をしますが、彼女は2回に1回、息継ぎをします。息継ぎは疲れてくると頭の中心線がぶれてスピードが落ちてしまうことが多いのですが、彼女は最後まで泳ぎの動きを邪魔せずに息継ぎができ、酸素を補給して後半のエネルギーにつなげています。

 もちろん、大病によるブランクから復帰して8カ月ほどなので、まだ完全復活というわけにはいきません。病気になる前と比較すると、復帰直後は体が一回り小さくなった印象があり、特に背中や脇下の広背筋、足の筋力は、以前に比べれば落ちていると思います。

 影響を感じるのは、スタート台から飛び込む動きで、まだ脚力が弱く、飛距離を出せていません。今大会も、飛び込んで浮き上がって来る時点では、ほかの選手に頭一つリードされていたと思います。それでも2月のジャパンオープンに比べると、入水してからドルフィンキックを打って浮き上がるときの勢いはついてきたという印象を受けました。今大会で彼女が最も優勝を狙っていたという種目が50メートルバタフライ。スタートからの浮き上がりについては随分と練習をしたようで、その成果が出ていたと思います。完全復活でなくても、これだけの好記録(※50メートルのバタフライ、自由形は日本学生新記録)ですから、バタフライも自由形も、今後、泳ぎに使える筋力や体力を強化していけば、タイムはもっと上がると思いますし、彼女が持つ日本記録の更新も見えてきます。

精神的支柱になってほしいが、とにかく無理をしないで…

100メートルバタフライで優勝した際、涙を見せた池江。萩原さんは体調に気遣いつつ、「楽しいと思える第二の水泳人生を歩んでほしい」とエールを送る 【写真は共同】

 池江選手は、東京五輪でリレー2種目のメンバーになります。今後、どれくらいの時間をリレーメンバーで一緒に練習できるか分かりませんが、練習でも彼女に負けないように頑張りたいという気持ちが出てくると思いますし、彼女の頑張る姿が、ほかの選手を引き上げる部分があると思います。五輪、世界選手権など国際大会の経験は豊富なので、若い選手ですが、リレーの精神的支柱、チームの要になると思います。

 それにしても、驚異的な回復には驚くばかりです。彼女の泳ぎは、見る人をワクワクさせてくれますし、私も今後のさらなる活躍を期待してしまう一人です。ただ、闘争心のスイッチが入ると、のめり込んで練習をできるタイプの選手なので、周りがストップをかけることも重要になるかと思います。休む勇気も大切に過ごしてほしいです。

 大会中は一種の興奮状態になるので泳ぎ切れた部分もあると思うので、本人が言っていたように、大会が終わった後にガクッと疲労を感じるところもあると思います。疲労が溜まると抜けにくくなってしまうので注意が必要です。とにかく無理をせず、体調と相談しながら競技と向き合ってほしいです。

 白血病になったと発表した頃に「これで東京五輪に出なくていいんだと思った」というコメントを報道で知り、そこまで追い込まれていたのかと心が締め付けられました。ゼロからのスタートになったことで、プレッシャーから解放された部分も急激な復調につながっている、ひとつの要因なのかなと思います。

 今大会では、入場時のガッツポーズなど、本当に楽しそうだなと感じました。水泳を楽しいと表現するときに、自分らしい泳ぎができているとか、本気で挑戦できているといった言葉はよく聞きますが「楽しいということは、自信があるということ」という彼女の言葉には、感心させられました。池江選手が楽しいと思える第二の水泳人生を歩んでほしいです。

萩原智子(はぎわら・ともこ)

【写真提供:株式会社スポーツバックス】

2000年シドニー五輪200メートル背泳ぎ4位入賞。「ハギトモ」の愛称で親しまれ、現在でも4×100メートルフリーリレー、100メートル個人メドレー短水路の日本記録を保持しているオールラウンドスイマー。現在は、山梨学院カレッジスポーツセンター研究員を務めるかたわら、水泳解説や水泳指導のため、全国を駆け回る日々を続けている。

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