一度失敗した自分だから伝えられること 桃田賢斗、第二の故郷・福島への想い【#あれから私は】

平野貴也

再スタート時に訪れ初心に戻る

福島県猪苗代町の「あるぱいんロッジ」への感謝を示す桃田の寄せ書き 【写真は共同】

 桃田は高校を卒業後、バドミントンの名門、NTT東日本に加入。同時にシニアの国際舞台でも活躍するようになった。2015年には世界選手権で銅メダルを獲得。トッププレーヤーへと飛躍した。国際大会が続くスケジュールに身を置くようになったが、それでも度々、福島に顔を出している。

「自分を成長させてくれたというか、福島で過ごした中・高の6年間は、本当に、自分のバドミントンプレーヤーとしてのすべてを培ったと言っても過言ではないくらいの場所。やっぱり、再スタートするときには、そこの空気を吸って、先生たちに会って、そこの生徒と触れ合うことで、初心に戻れるというか、そういう意味も込めて福島に行かせてもらっています。どこに行っても『応援しているよ』と言ってもらえて、学校関係者からも声をかけてもらえて、本当に優しい気持ちになれますし、また次に向けて頑張ろうと気が引き締まります」

 桃田の再スタートと言えば、2016年と2020年が印象的だ。16年は違法賭博店の利用発覚による大会出場停止処分を受けた年。2020年は1月にマレーシアで交通事故に見舞われ、帰国後に右目の眼窩底骨折が判明したため手術を行い、12月の全日本総合選手権で復帰して優勝するまで、長いブランクを強いられた。

「16年は、猪苗代の寮母さんや先生にも『ご迷惑をかけてすみませんでした』と言いに行きましたし、謹慎処分が解除されたときも『また、一から頑張っていきたいと思います』と声をかけさせていただきました。昨年は、手術の後もコロナ禍で外に出られない日が続いて、日本代表の合宿も行えず(NTT東日本の)チームメイトとしか練習できない状況でしたが、ふたば未来学園が本当に快く受け入れて下さって、中学生、高校生の目の輝きを見て、純粋にバドミントンを楽しんでいるような感覚を感じられました。自分もマンネリ化している部分があったので、すごく刺激をもらいました」

 地震、津波、原発問題と大打撃を受けた福島は、まだ復興途上だが、少しずつ元気な姿を取り戻している。苦難から力強く這い上がる姿は、大きなエネルギーを与えている。桃田もその力を受けている一人だ。

「たまに、練習できついときとか、気持ちが折れそうなとき、ふと思い出して、『いや、まだまだ』と奮い立たせてくれるのは、福島県の人たちのパワーかなと思います。本当に、当時から考えると、ここまで復興するというのは、考えられない。震災当時は、壊滅状態という感じ……。どこから手を付けて、どう立て直していくのか、まったくイメージできませんでした。それが、いろいろな人の協力によって、町や県がまた一から出来上がっていく姿を目の当たりにして、人のつながりの強さを本当に感じています。バドミントン部の後輩にしてもそう。環境が変わってゼロからのスタートになると、対応するまでに時間がかかる。それなのに、ふたば未来の生徒たちは、自分が成し遂げられなかった(男女6冠達成など)結果をどんどん出していっている。本当に大変なことだし、すごいと思います」

思いを新たにする3月11日

3月11日、毎年桃田も心を新たにするという。いまだ復興途中の第二の故郷・福島を思い、結果で感謝を伝える 【写真は共同】

 事あるごとに第二の故郷である福島へ行き、エネルギーをもらっているという桃田は、アスリートとしての表現で、福島の人たちに還元したいと考えている。代表的な舞台となるのが、すでに出場が確実になっている東京五輪だ。2016年に活動停止処分を受けて、リオデジャネイロ五輪に出場できなかった桃田にとっては、初の五輪。その大舞台に、福島への恩返しを込めたいという。

「福島の人たちから応援や刺激をたくさんもらっていますし、後輩たちが結果を残すのを見ると、自分もまだまだ頑張らないといけないと思わされます。戦っている場所は違うかもしれないけど、切磋琢磨していきたいなと思っています。今年、東京五輪が開催されれば、東日本大震災から10年という節目で五輪があるのは何かの縁だと思います。そこで自分が頑張っている姿を見せること、一度失敗した自分がみんなのおかげで大舞台でプレーできるということで、伝えられることがたくさんあると思います。そういう責任もすべて背負って、全力で頑張っていきたいと思っています」

 人の頑張りが、次の誰かの頑張りにつながっていく。東北大震災を経験した福島を知る桃田は、そのエネルギーの循環をスポーツの力で体現したいと考えている。福島に向けたメッセージを聞くと、こう答えた。

「まだまだ大変なこともたくさんあると思います。何から手を付けていいか分からないとか、混乱してしまう部分もあると思います。自分が直接手伝うことはできないかもしれませんが、間接的にでも、スポーツの力で、また頑張ろうとか、ちょっと元気になってもらいたい。自分では、まだまだ足りていないですけど、そういう刺激を与える、流れを作れるようなプレーヤーになれるように、頑張っていきたいと思います」

 その思いを毎年新たにするのが、3月11日という日だ。

「人間は誰でも、毎日の生活をしていると、どうしても、どこかで気持ちが緩んだり、大事にしていることが疎かになってしまう部分があると思います。でも、3月11日という日を迎えることで、もう一度、気持ちを引き締められる。みんなで協力することによって、できないことはないという団結力を感じ、日本が一つになれるタイミングだと思います。だから、3月11日という日を、大事に、一つの教訓として捉えていけたらいいと思います」

 震災によって活動拠点の移転を強いられても、気の緩みから大きな過ちを犯して活動できない時期が続いても、交通事故でダメージを受けても、桃田というバドミントン選手は前に進んでいる。背景には、復興へ向かう福島から受け取った力がある。苦境を乗り越える力を与えてくれた人たちに活力を還元したいという思いを込めて、桃田は、東京五輪の金メダルを狙う。

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著者プロフィール

1979年生まれ。東京都出身。専修大学卒業後、スポーツ総合サイト「スポーツナビ」の編集記者を経て2008年からフリーライターとなる。主に育成年代のサッカーを取材。2009年からJリーグの大宮アルディージャでオフィシャルライターを務めている。

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