連載:GIANTS with〜巨人軍の知られざる舞台裏〜

合言葉は「坂本勇人を国民的スターに」 偉業刻む“祭り” 支えた2人の88年世代

小西亮(Full-Count)

“プレッシャー”を“エネルギー”に変えられる選手

記録達成まで残り100本で始まったカウントダウン動画は坂本選手本人も誰が登場するのか楽しみにしていたという 【写真提供:読売巨人軍】

 小山さんが中心となり、巨人でプレーしていた坂本選手の元チームメートらに連絡を取って依頼。「メッセージをいただく人選をしながら順番に当てはめていく作業は、ワクワクしながらやりました」。例えば、残り26本は埼玉西武ライオンズの内海哲也投手、25本は村田修一コーチ、24本は高橋由伸前監督といった具合に、ファンにはたまらない顔ぶれに。「僕らも『この並びアツいよね』と話して胸を躍らせていたくらいです」。

 球界関係者以外は、球団を挙げて接点を探してアプローチ。それでも当てのない著名人もいた。坂本選手の登場曲を歌う「GReeeeN」には、公式ホームページの問い合わせフォームからメッセージを送って依頼。幸いにもすぐに返事がもらえ、直筆メッセージを頂戴することができた。

 ヒットが出るたびに、ゆかりある誰かがメッセージを送る。SNSのコメント欄には「坂本選手にプレッシャーをかけないでほしい」という声もあった。ただ、坂本選手自身は「次は誰が出るの?」と楽しみにしてくれていたことがありがたかった。「もしかしたら少しプレッシャーになっていたのかもしれませんが、それをエネルギーに変えていける選手だと思っていたので」。本城さんも小山さんも、あらためて頼もしさを感じた。

 そのGReeeeNの動画が残り4本。そこから安打数と残り試合数を気にする日々が続いた。「みんなソワソワしていましたね」と本城さん。残り3本で二岡智宏3軍監督、残り2本で競泳平泳ぎ金メダリストの北島康介さん、残り1本で中居正広さん。そして、あと1本に迫って臨んだ11月8日のヤクルト戦。初回に巡ってきた第1打席で決めてみせた。

 プロジェクトメンバーにとっては、ここからがまた大仕事。サインを入れてもらったバットとボールを、試合中にドームに併設された野球殿堂博物館に展示した。さらに、打った瞬間の撮影データを取り出し、ドーム内に待機してもらっていた職人のもとへ。2000枚の写真で作った記念品のモニュメントを完成させ、試合後のセレモニーで贈呈した。

 企画の数々を作り上げてきたチームには、もうひとつの目的も。「基本的には本城や小山に任せるよ」。いつもそう言って協力を惜しまなかった坂本選手自身を、めいっぱい喜ばせたかった。

 試合後に実施したセレモニーでは、長嶋終身名誉監督と原監督の連名サイン入りユニホーム額を贈呈。受け取った坂本選手からは「家宝にします」との言葉が返ってきた。さらに、その後に実施した記者会見には、エースの菅野智之投手ら1軍メンバーが“乱入”。クラッカーを鳴らし、サプライズで祝福した。

やり残したことはない

2000安打プロジェクトを支えた本城さん(写真左)と小山さん(写真右)はこれからも“国民的スター”へ駆け上がっていく同級生をサポートし続けていく 【写真提供:読売巨人軍】

 プロジェクトチームの発足から11カ月。「大変だったと思うことはほとんどなかったですね。楽しみながら取り組むことができました」。本城さんは穏やかな笑みで振り返る。責任ある立場を任され、歴史的な瞬間を彩った達成感。文字通りのスターが放つ光に導かれ、一区切りを迎えたプロジェクト。「本当にすごい選手だなと」。あらためてかみ締める。

 思い入れを強めた「88年世代」という縁。小山さんにとっては、マウンドとはまた違った刺激的な日々だった。社会人2年生にとっては学びの連続で、「プロ1年目に1軍ピッチャーの球を見たような感覚でした」と同僚に感謝する。そして何より、坂本選手の存在が誇らしい。

「プレーヤーとして近くで見ていた坂本勇人ではなく、会社側から違った視点で見た坂本勇人。そこに集まる注目や世間の反応の大きさに、あらためてすごい男だなと思いました」

 偉業達成からおよそ1カ月たった12月6日。坂本選手は、東京タワーのふもとにいた。特別にジャイアンツカラーのオレンジ色に照らし出された東京のシンボル。そしてその場に、同世代で活躍するミネソタ・ツインズの前田健太投手とシンシナティ・レッズの秋山翔吾外野手が祝福に現れて、“最後のサプライズ”が無事に成功した。

 不透明な世の中を突き進んできた2020年。球界を引っ張る存在として、巨人は現実と向き合いながら新たな可能性を模索してきた。来年もまだ、球場に満員の観客と大歓声が戻ってくるかは分からない。それでも、実現できる「祭り」はある。プロジェクトの完結こそが、何よりの証明になった。

「やり残したことはない。悔いなくできたかな」

 本城さんも、天に伸びるオレンジ色の塔を見上げた。冬の夜空を彩る暖かな光は、きっと巨人軍の未来も照らしてくれる。

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著者プロフィール

1984年、福岡県出身。法大卒業後、中日新聞・中日スポーツでは、主に中日ドラゴンズやアマチュア野球などを担当。その後、LINE NEWSで編集者を務め、独自記事も制作。現在はFull-Count編集部に所属。同メディアはMLBやNPBから侍ジャパン、アマ野球、少年野球、女子野球まで幅広く野球の魅力を伝える野球専門のニュース&コラムサイト

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