“メルカリ会長”に聞くアントラーズ改革 Jリーグ新時代 令和の社長像 鹿島編

宇都宮徹壱

鹿島にとってメルカリは「黒船」ではなかった

鹿島の躍進を経営面から支え続けてきた、マーケティングダイレクターの鈴木秀樹氏 【宇都宮徹壱】

「住金時代、親会社から莫大な支援をいただいていたわけではなく、努力して足りないところを補填していただく感じでした。『アントラーズの活動は、地域貢献として意義のあるもの』というのが住金側のスタンスだったんです。それが12年の合併で、親会社との関係は空気感が変わってきました。加えて、BtoBの製造業にスポーツがぶら下がっていることに、時代の変化とともにお互いに限界も感じていました。クラブとして自立するか、親として別のパートナーに託すのか、どちらかを選ばなければならない状況だったんです」

 メルカリと出会う直前の状況について、秀樹はこのように語る。「いずれは頭打ちになる」という危機感を抱える中、メルカリと小泉の登場は一筋の光明のように感じられたという。小泉に対する秀樹の第一印象は「アントラーズのことをよく勉強しているな」というもの。クラブが成長するために、メルカリが何を提供できるか議論を重ねるうちに、秀樹は「彼らは『黒船』ではない」という確信に至る。そして水面下での折衝の末、19年7月30日、メルカリによる鹿島アントラーズの経営権取得が発表された。

「期の途中で経営権が変わったので、期が改まる20年2月までは『クラブの目指すべき姿』を共有するウォーミングアップ期間となりました。その間に推し進めたのが、意思決定のスピードを上げるための改革。たとえば紙でのやりとりをなくしたり、6段階のポストを3つに集約したり。それでポストを失う人もいましたが、彼らを納得させる意味でも『われわれは何を目指すのか』を共有する時間が必要でした。このウォーミングアップ期間があったからこそ、2月以降は仕事のやり方が劇的に変わりましたね」

 スピード感あふれる“小泉改革”は、当然ながらクラブの事業全体にも向けられた。たとえば、クラブを100億円の事業規模とするための「ノンフットボール」でのビジネス展開。あるいは、クラブが指定管理しているスタジアムをフル活用した「街づくり」。これまでクラブが積み上げてきた伝統と実績に、メルカリが持ち込んだテクノロジーをかけ合わせることで、鹿島アントラーズにはまだまだポテンシャルがある。今年で還暦を迎える秀樹は、若きベンチャー経営者のように表情を輝かせながら、力強く語る。

「鹿島アントラーズというクラブは、30年かけて地域に信頼されるブランドになりました。地域住民からも理解されているし、地元の企業や行政とも一緒にやってきたので、地域の課題解決についてできることはたくさんある。今、考えていることは、クラブと自治体が一緒になって、スタジアムをラボ化させること。キャッシュレス化や5Gなど、スタジアムに来た人たちに『10年後の社会』を体験してもらうことなんです。メルカリのテクノロジーが加わることで、その動きはさらに加速していくでしょうね」

「マンさんもヒデキさんもベンチャーの大先輩」

就任から1年足らず。それでも小泉社長は「スポーツビジネスとITは相性がいい」と確信する 【宇都宮徹壱】

 鹿島の社長に就任して、まだ1年も経っていない。それでもクラブ社長としての価値について、小泉は「最近はベンチャー企業の経営者から、より責任ある立場になったという自覚を持つようになりました」と実感を込めて語る。一方で、メルカリとクラブとのシナジーについて尋ねると、こんな答えが返ってきた。

「社長としての僕のミッションは、まずはチームの勝利ですよね。タイトルを獲得することで、ファンやパートナーを増やしていき、そこで得られたお金を強化や育成に投入していくサイクルを作る。そのためには、フットボールとビジネスの両輪を回していかなければならない。僕らはテクノロジーを提供することで、ビジネス面でのソリューションを提供したり、クラブが進めようとしている『街づくり』を後押したりすることができると思います。スポーツビジネスとITとの掛け算は、やっぱり相性がいいですからね」

 相性がいいと言えば、両鈴木との相性の良さについて小泉は「マンさんもヒデキさんも、僕にとってベンチャー経営者の大先輩ですから」と語っていたのが印象的であった。そのことを秀樹に伝えると、苦笑いしながらまんざらでもない様子。

「ウチもJリーグ開幕当時から、お荷物になる可能性が高いクラブでした。住金時代は2部だったし、ホームタウンの人口も少ない。だからこそ、強くなることでブランド価値を高めてきました。一方で、いち早くスタジアムの指定管理者になったり、最近は芝生のビジネス化に取り組んだりしてきました。常に最先端を目指していかないと、すぐに立ち行かなくなる。時代の変化に対応しながら成長するのは、IT業界と一緒だと思いますね」

 世代や業態の違いは関係ない。大事なことは、共にベンチャーマインドを持って、鹿島アントラーズを強くするという目的を共有すること。その意味で、小泉と両鈴木との出会いは、ある種の必然性さえ感じられる。そろそろ当連載の監修者である、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社の里崎慎の感想も聞いてみよう。

「私が注目したのは、ベンチャーマインドの重要性、スポーツとITとの親和性、そしてトップのコミットメントの3点です。3つ目について説明すると、Jクラブは株式会社でありながら、地域における社会的公器でもあります。小泉社長はクラブのトップとして、経営に必要な収益をビジネスで確保しつつ、『街づくり』に代表される社会的公器としての活動にもクラブのオーナーとして意識的にコミットしていますよね。こうしたバランス経営が、プロスポーツクラブとしての社会的価値を最大化するモデルであることを、ぜひ実証していただきたいと思いました」

 インタビューの最後に、小泉に「鹿島の社長になって一番うれしかったことは何ですか?」と尋ねてみた。少し考えてから「鹿島ファンの父が喜んでくれたことですかね(笑)」。これ以上ない親孝行を果たした今、メルカリからやって来た異能の経営者は、愛するクラブをどのように導くのだろうか。Jリーグ再開後の鹿島の戦いとともに、大いに注目していきたい。

<この稿、了。文中敬称略>

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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