「ひとつのバルセロナ」 テロをのりこえた街はサッカーとともに
2017-18シーズンの開幕戦でテロの犠牲者を追悼するバルセロナイレブン。メッシ(写真左)はうつむき、アルバ(写真右)は空を見つめた 【写真:ロイター/アフロ】
「いつもサッカーをしていたんだ。
そう、すぐそこの室内サッカー場で。
ユネスとフサイン。
毎日ユニフォームやジャージを着てたっけ。
あの兄弟に会いたければサッカー場に行けばいい。
彼らはいつも、そこにいるから」
(リポイの住人)
それはなんてことのないバルセロナの木曜日だった。
週末の足音が聞こえ始めた街はいつもより明るく、高揚感が伝わってくる。ランブラス通りはカタルーニャ広場から地中海へと続く1キロばかりの美しい並木道だ。活気に満ちた通りには世界各国からやってきた大道芸人が数メートル間隔で並び、自慢の芸を披露している。人々はそれを見ながらゆっくりと散策をする。
通りにあるフラワーショップが季節の樹と花の香りをとどけてくる。海に向かって下っていく。右手にはボケリア市場。「バルセロナの胃袋」と呼ばれ地元民に愛される市場だ。人混みをかき分けて中に進むと、地域で採れた新鮮な野菜が並んでいる。軒先に吊るされた、山々で獲れた獣たち。鹿やイノシシ、ウサギ、キジに鳩など、この地の人々が昔から食してきたあらゆる食材が並ぶ。中心部には魚市場があり、冬には生のウニが殻のままどんとおいてある。その場でハサミで開いてもらいスプーンですくって食べると、ガリシアの磯の香りがぱっと口に広がる。訪れる人は、それをカタルーニャ産のきりりと冷えたカヴァで楽しむ。世界のどんなところでも、活気ある市場を抱える街は幸せだ。
しかしその午後、ランブラスの笑い声は赤い血に染まった。
彼らが住んでいたのは、バルセロナからピレネー山脈をめざし車で1時間半ばかり進んだところにある、リポイという小さな山間の村だ。
通っていたモスクのリーダー的存在だった指導者に少年たちは感化されたという。
小さなその頭の中にあったもの。かつて、それはサッカーボールだった。
ラケル・ルイの目は、今も濡れたままだ。彼女は地元の学校で、この少年たちの担任だった。
「なぜあの子たちが、こんなことをしなければならなかったの? いつ変わってしまったんだろう。ああユネス、あなたほど責任感のある子を、私は知らなかったのに」
ユネスとフサイン。ふたりがメッシの魔法に歓喜したこともあっただろう。田舎のあぜ道の上で真似した、イニエスタの甘いスラローム。
しかし近所の誰も気がつかないうちに、少年たちの頭の中を誤った過激な思想が支配していった。とても静かに。
彼らを擁護することはできない。それにはあまりにも犠牲者が多すぎる。しかし、何かが田舎の少年たちを救えなかったのだろうか。