連載:欧州 旅するフットボール

「バスクの村の日本人」 乾貴士を包む山あいの村人たち

豊福晋
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乾貴士は当時のクラブ史上最高額となる移籍金と引き換えに、フランクフルトからエイバルへとやってきた 【写真:ムツ・カワモリ/アフロ】

エイバル

 ビルバオを出た中距離バスは、バスク地方の真夏の緑の隙間を縫うように走っていった。
 山奥の、さらにその奥へ。

 早朝の座席にうずくまっているのは、大都会ビルバオを夜明けまで楽しんだ田舎の若者たちだ。ディスコテカで過ごしたであろう彼らから漂う真夜中の香り。聞こえてくるミステリアスなバスク語が、この地域の特殊性を際立たせる。スペイン北部バスク地方はこの国で最もスペインらしくない地域である。文化的にスペインの要素はほとんどない。公用語のバスク語はスペイン語やフランス語などのインド・ヨーロッパ語族とはまったく異なり、その起源はいまだに謎だという。住む人々の体格も違えば、もちろん食文化も違う。スペインという国の多様性をバスクはどの地域よりも濃く表している。

 山を越え、川を渡り、トンネルを抜けると小さな集落にたどり着く。

 エイバルだ。人口わずか2万7000人の小さな街。そんな田舎のクラブが2015年夏、ひとりの日本人を迎え入れた。

 乾貴士はクラブ史上最高額となる約4000万円の移籍金と引き換えに、フランクフルトからエイバルへとやってきた。
「スペインに来るのが夢でした。子どもの頃から、ずっと。スペインで日本人選手が成功したことはないといわれます。そんな前評判を、日本人のイメージを変えたい」
 収容人数約5000人、スペイン1部リーグで最も小さなスタジアム、イプルアで行われた入団会見で、乾は抱負を語った。
 スタンドに駆けつけた100人のファン(人口にしてみれば相当な数だ)は、未知の東洋人に大きな拍手を送っていた。

 エイバル中心部を歩くと、ひたすら声をかけられる。
 イヌーイ! タカシ! ハポネス(日本人)!
 誰もが、笑顔でこちらを見ては声をかけてくる。
 ここには外国人はほとんどいない。幼い頃、日本の田舎で西洋人の顔をいっさい見なかったように。当時、奇跡的に見かける外国人を僕は全員アメリカ人だと思っていた。エイバルの人々にとって外国人、ましてや日本人は非常に珍しい存在だ。東洋人でここに住んでいるのはエイバルに一軒だけある、不気味に扉が閉じられた中華料理店の従業員くらいだろう。

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著者プロフィール

ライター、翻訳家。1979年福岡県生まれ。2001年のミラノ留学を経てライターとしてのキャリアをスタート。イタリア、スコットランド、スペインと移り住み現在はバルセロナ在住。5カ国語を駆使しサッカーとその周辺を取材し、『スポーツグラフィック・ナンバー』(文藝春秋)など多数の媒体に執筆、翻訳。近著『欧州 旅するフットボール』(双葉社)がサッカー本大賞2020を受賞。

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