斎藤佑樹、プロ10年目に臨む決意 あるがままに、そしてがむしゃらに――
自分で感覚を掴める環境作りが必要
甲子園決勝再試合の1球目から感覚を掴んだという斎藤。子どものころから野球を楽しみ、遊んでいたことが自身の感性を育てることにつながった 【写真は共同】
感じていることはたくさんありますけど……ルールに縛られがちかなと思います。球数制限とか、日程とか、SNSはじめ周りの目を気にしないといけないとか、練習時間とか。
――その中で何を大事にするべきだと思いますか?
選手と監督の感性ですね。自分がどれだけやったら壊れるとか、どれだけやったら感覚を得られるとか、僕らが遊んでいた経験はそこで生かせると思うんですよね。例えば「100球で投球練習を終わりにしろ」と言われて、あと20球投げられれば感覚が掴めそうという時に、「いや、止めとけ止めとけ」というのは違うと思います。感覚を得るということは、型とかルールとか指導者からの意見ではなくて、自分の感覚なので。感覚を掴む環境を作るのは、自分でも作っていかないといけないですし、周りの大人も作ってあげないといけないと思います。
――今のご時世、延長15回を投げて、次の日普通に先発していたら、ものすごい非難を浴びかねない時代ですが、でもあの再試合(早稲田実3年夏の甲子園決勝)でスピードがあまり出なかったストレートが、ものすごくいい感覚だったと話していたことがありました。やはりあるところを越えると何か不思議なものを掴む感覚があるのでしょうか?
少なくともあの時の僕にはありましたね。延長15回が終わって、次の日の初球でここで投げたらいいと身体の感覚で分かっていたんです。その感覚は投げないと分からないじゃないですか。「今の身体の状態だったらこの力感で投げたらあそこにボールがいく」という感覚は、あの15イニングで200球近く投げたからこそ、僕にしか分からなかったと思います。それを周囲から「斎藤、この辺で(ボールを)離した方がいいんじゃないか?」と言われても、絶対分からないと思うんです。あの時は僕の感覚の中でできたことでした。
――最初からチームに入って教えられる野球というのをずっとやってきて、遊びの中から斎藤選手のような感覚を得た経験もなく、感性も磨かれていない今の子どもたちが高校まで来て、「球数制限などのルールが必要じゃないですか」と言われたとしたらどう考えますか?
そう言われたら、(考えこんで)難しいですね。でも、僕は少なからず、こっち(教えられる野球)の野球でも楽しんでいたつもりですし、楽しむ野球を経験していなかったら、いろいろな感性が自分から生まれないと思います。きっとプロ野球選手でも野球がつらかった人はたくさんいるでしょうけど、どこかのタイミングまでは野球を楽しんでいたはずだし、楽しめていなかったら自分から練習しないし、全部やらされている練習になるのならプロの選手にはなれていないと思いますが、どうですか。
――感性をある程度備えている子じゃないとプロに行けないし、プロに行くような選手を高校時代に潰しているというような理由で球数制限をやるとするならば、球数制限がなくてもプロに行ける子は行けるということでしょうか?
そうですね。僕はボールを投げるのがすごい楽しかったから、投げることに特化して努力をしていました。だから、プロの選手になるには、本当に自分から野球を楽しむタイプか、もしくはやらされていたとしても、「そんなの簡単でしょ。ピュッと投げたらいいんでしょ」という超天才タイプか、どちらかだと思います。そういう人いるじゃないですか、プロ野球選手でも。そもそも彼らは野球が楽しいんだと思います、人よりもうまいから。
甲子園優勝投手に縛られていた苦悩
「甲子園優勝投手は完璧でなくてはいけいない」とのイメージに縛られていたという斎藤。その呪縛から解放されたきっかけとは!? 【花田裕次郎】
やはり、ありましたね。今でもあると思います。甲子園に出ることは日本の野球界ではとても大きな出来事にとらえられがちで、自分自身はそう思っていなくても、良くも悪くも周りから「甲子園優勝投手だよね」とレッテルを貼られる。「自分はこんなに縛られて野球をやらないといけないのかな?」という感覚になった時があって……。甲子園の優勝投手は「こういう道を歩んでいかないといけない」と自分で型を作ってしまって、僕のマインドの中で足かせになってしまったことがありましたね。
でも、甲子園で優勝するまで、すごく楽しくて、ボールが投げるのが大好きで、練習でも200球とか当たり前のように投げていました。大学でも野球ができて、そしてプロに来て、なかなか結果が出ないけど10年やらせてもらって、全部が僕の野球人生なんです。甲子園に出たことは自分の中ですごいいい影響でしたし、最近は自分が甲子園に出た選手なんだと受け入れて前に進めているからこそ、僕は自分の野球人生を否定しないで、野球を楽しんでいられる感覚がありますね。
――甲子園の優勝投手とはどうあるべきと思っていたのでしょうか?
完璧じゃなくちゃいけない(笑)。ストレートも145キロ以上コンスタントに出て、コントロールもビタビタで、変化球もいろいろな種類を持っていて、カウントも取れるし、三振も取れる。その時は松坂(大輔/現埼玉西武)さんをイメージしていました。
――甲子園の優勝投手で、大学でも活躍して、プロで9年やって、こういう結果が出ている。今は自分ではどういうふうでなくてはいけないと思っていますか?
言い方が難しいんですけど、今はもう何でもいいと思います。プロで10年やらせてもらえることはすごい大変なことだし、甲子園の優勝投手がここまで野球をやるのに苦しんでいることがずっとかっこ悪いことだと思っていたんですけど、でも「これって本当にかっこ悪いことなのかな」と。こんなに野球が大好きで10年やっているんだから、恥ずかしいことじゃないなって。甲子園の優勝投手がなりふり構わずというか、どんな手を使ってでも必死に打者を抑えにいく姿はかっこ悪くないな、と最近はちょっと思いますね。
楽しむことで結果につなげる思考に変化
2019年は難しい起用ながらも、常に元気で前向きだった斎藤。その心境とは!? 【写真は共同】
いろいろこだわりを捨てたというのはもちろんあるんでしょうけど、栗山(英樹)監督のお陰でもあると思います。『ショートスターター』『オープナー』は魔法の言葉だと思います。『先発』で今日1イニングでいいからと言われていても、ファンの皆さんからみたら「あれ、先発なのに1イニングで降りるの」と思うじゃないですか。でも「ショートスターターだよ」と言われていたら、堂々といけます。それは僕の中ですごく大きくて。今の僕にとって、5イニングを1失点や2失点で抑えることはすごいハードルが高いことだと思うのですが、それを先発で「一回り抑えてくれば成功だから」と言われたら、僕の中ではすごく気持ちが楽でしたね。
――イニングが少ないとか、勝ちがつかないとか、そういう部分は平気でしたか?
(即答で)平気でしたね。うん、平気でした。もちろん今までは結果を求めていました。だから、今はあえて言っているんですけど、言い方としては良くないかもしれないけど、野球を楽しもうと思っていました。
――なるほど、あえて言って、野球を楽しむことに持っていこうとしているんですね。プロは結果が大事という考え方もありますが、楽しんで野球をすることによって結果につながるという考え方になっているということですか?
そういうことです。
――プロに入ったばかりのころは「ワンストライクを取るのは簡単だ。ツーストライク目の取り方も分かっている。あとは3つめのストライクをどう取るかです」みたいな……。
超生意気ですね(笑)。
――というようなことをおっしゃっていましたが、そのファーストストライクを取ることがものすごく難しくなった時期があって、でも10年経って、簡単にファーストストライクが取れるようになるって、これってなかなかすごいですよね。
でも、1年目のファーストストライクの取り方と、9年目のファーストストライクの取り方は全然違います。1年目は真ん中にストレートを投げても打たれないでしょうと、本当に怖いものなしという感じでした。9年目は自分の中で自信がしっかりある、初球スライダーを投げたら絶対に打たれない、それは自分の中で思い込ませているだけかもしれないですけど、投げる瞬間の自信は、漠然としたものからしっかりしたものに変わりましたね。