自国開催のW杯は「またとないチャンス」 倉敷アナが語る、競技の本当の面白さ

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提供:(公財)日本ラグビーフットボール協会

「生きている」と感じたスタジアム

2002年日韓W杯の日本対ベルギー戦(写真)は、ファンの気持ちが「オーラのように伝わってきた」試合だったという 【写真:ロイター/アフロ】

 講演に続いて、来場者と倉敷氏との質疑応答が行われた。以下はその要旨。

――実況するときに選手をどう見分けているか。

 髪の色や長さ、リストバンドの有無、スパイクの色などで最初は見分けていました。慣れて来ると腕の振り方や走り方、ボールのキープの仕方で見分けられるようになります。たまに“ゾーン”に入っている感じがあるのですが、そんな時は高速のプレーが密集で連続するアフリカ勢同士の対戦でも大丈夫ですね。実は弱いチームほど見分けが難しいのです。「こんなところでパスをミスするのは誰だろう」と考えると、分からなくなる。強いチームはすぐに覚えられますね。

 金土日で担当するゲームが5試合あった場合、10チーム100人以上の選手を覚えなければなりません。覚えるばかりでなく忘れるのも技術で、パソコンの初期化と似ています。パッと覚えて、パッと忘れて、パッと思い出す作業を繰り返さなければならない。短い時間で、選手の情報の差し替え作業を完了できるのはちょっとした特技かもしれません。

――世界のスタジアムで一番雰囲気が素晴らしかったところは?

 たくさんありますが、ひとつはアトレティコ・マドリードの以前のスタジアム「ビセンテ・カルデロン」です。ここにはたくさんの歌がありました。新スタジアムの完成とともになくなってしまったのが本当に残念です。サッカーのスタジアムの歌というとまず「アンフィールド」(リヴァプールの本拠地)で歌われる『You'll never walk alone』を思い浮かべる方も多いでしょうが、「ビセンテ・カルデロン」は常時20〜30曲くらいの持ち歌を持っていたスタジアムです。「今日は良い勝ち方だから優勝したシーズンの曲を歌おうぜ」なんて具合に即興でその瞬間に歌う曲が決まります。お抱えDJのいるハウスにいるようで素晴らしかった。レパートリー豊富な歌声とともにあった「ビセンテ・カルデロン」が懐かしいです。

 反対に、恐ろしかった雰囲気のスタジアムを挙げるとすれば「カンプ・ノウ」です。ルイス・フィーゴ選手がバルセロナからレアル・マドリードへ禁断の移籍をしたシーズンに現地中継席にいたのですが、「人が人を憎む気持ちはここまで恐ろしいものなのか」「ローマのコロッセオはこんな雰囲気だったのだろうか」と、冷たい汗をかきました。スタジアムは生きているのだ、と感じる時があります。

 02年の日韓W杯で言いますと、6月4日の埼玉スタジアムで日本がベルギー相手に2−2のゲームをした時です。日本のスタジアムで初めてスタジアムが「生きている」と感じた瞬間でした。血の通っていないコンクリートと鉄筋でできているスタジアムですが、日本代表を心から応援する人たちが、こんなにも勝ってほしい、得点を取ってほしいと願う気持ちがオーラのように伝わってきたのは、この仕事をしていて最初で最後ですね。

あなたにとってラグビーとは?

倉敷氏にとってラグビーとは? 【スポーツナビ】

 いつか真剣に向き合ってみたくて、楽しみにとってある宝物です。いまはどうしても自分の仕事でラグビーと向き合える時間が短いのですが、夢中になって追いかけられる魅力的な競技だと分かっていますし、歴史をたどればラグビーとフットボールは兄弟ですから。

 パワー、スピード、そしてメンタル。フットボールとは兄弟関係にありながら、それぞれが異なるスキルの魅力に惹かれますね。見始めるとやめられないくらい魅力がある競技だと思います。特に、どうしてもエネルギーが重要な競技ですから、常に限界とは隣り合わせ。そこをどうコントロールするか? 真剣にディテールを見極めるためには良い解説者と巡り合って気持ちよく知識を増やしていくしかありません。それが今はできない状況なので、とってある“宝物“なんです。

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