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“清宮キラー”櫻井周斗はDeNA希望の星
いつか一軍で同級生スターとの再戦を
6月7日の西武戦でプロ初のマウンドを踏んだ2年目の櫻井周斗(右)。左は捕手の伊藤光
6月7日の西武戦でプロ初のマウンドを踏んだ2年目の櫻井周斗(右)。左は捕手の伊藤光【(C)YDB】

 6月7日、横浜スタジアムで行われた横浜DeNA対埼玉西武の一戦は、8回表を終えた時点で西武が4点をリードしていた。


 守備からベンチに帰ってきたDeNAの捕手・伊藤光は、次のイニングに投げる投手の名前を聞くなり駆け出した。向かったのは、右翼席の下に位置するブルペン。そこに、緊張の面持ちで出番を待つ若者がいた。


 櫻井周斗。日大三高からドラフト5位で入団した2年目左腕は、プロ初登板の瞬間を迎えようとしていた。


 ブルペンまで声をかけにきてくれた伊藤と、サインの確認をした。櫻井は苦笑交じりに振り返る。


「8回の裏に入る時に『次、行くぞ』と言われました。ドキッとしたというよりも、だんだん緊張してきた感じ。(ブルペンに現われた伊藤と)指を出しながら『これがストレートで』とかってサインの確認をしている時も、手が震えてるのを見られちゃって」


 9回表、グラウンドへの扉が開き、リリーフカーに乗り込んだ櫻井を満員の観衆が迎え入れる。


「声援がすごかった。『がんばれ!』『思いきって投げろよ!』という声が聞こえてきて、すごく勇気をもらえました」


 マウンドに着いた櫻井に、伊藤はあらためて言った。


「思いきって腕を振ってきてくれ。何も失うものはない。それぐらいの気持ちで、まっすぐでどんどん来い」


 まず投球練習で5球を投じた。櫻井は「あまりいいイメージが湧かなかった。ちょっと大丈夫かなって感じだった」と振り返るが、ミットで受けた伊藤の感想は「まっすぐが強い」。ストレート主体で攻めていこうと腹を決めた。

初登板では西武の中軸を三者凡退に

緊張の面持ちでリリーフカーに乗り込んだ櫻井(手前)。直後に満員の観衆が迎え入れた
緊張の面持ちでリリーフカーに乗り込んだ櫻井(手前)。直後に満員の観衆が迎え入れた【(C)YDB】

 西武の攻撃は、ホームランを量産する4番の山川穂高から始まる打順。ネクストには中村剛也が控えていた。


 西武の本拠地がある所沢市出身の櫻井は言う。


「山川さんは去年のパ・リーグMVPですし、中村さんは、ぼくが小学生だったころから4番を打っていたバッターで、雲の上の存在。初登板で対戦できることは本当に幸せだな、めぐり合わせが良かったなって思います」


 憧れの大打者にも臆することなく、櫻井は次々と140キロ台後半のストレートを投げ込んだ。


 山川を三振、中村をサードゴロに打ち取り、6番の岡田雅利はチェンジアップを振らせて3球三振。伊藤が「緊張しながらもしっかり腕を振って、よく勝負してきてくれた」と称賛する、すばらしい一軍デビューだった。


 興味深かったのは、山川に投じた6球目、空振りの三振を奪ったボールである。バットを空転させた山川は驚きの表情を浮かべ、ベンチへ帰りしな、なにやら「球が曲がった」とでもいうような手振りをしていた。


 147キロを計測したあの1球は何だったのか。櫻井はあっさり言う。


「ストレートです。ちょっと“まっスラ”気味に動いたんですけど、ぼくはまっすぐを投げたつもりです」


 微妙な変化を伴う直球は、これからも櫻井の武器となるのかもしれない。


 ただ、左腕が最も高い評価を受けている球種はスライダーだ。初登板の際、速報では山川に1球だけ投げたと判定されたが、本人によれば、あれはチェンジアップ。言い換えれば、爪を隠しながら西武の中軸を三者凡退に抑えたことになる。

高校時代は清宮から5連続奪三振

 櫻井の存在がクローズアップされ始めたのは、高校2年時の秋季東京都大会。早稲田実業との決勝戦で、背番号8をつけた櫻井は先発マウンドに上がり、同学年の清宮幸太郎(現北海道日本ハム)から5打席連続三振を奪う。


 さらに翌春の甲子園では、履正社高の安田尚憲(現千葉ロッテ)から3打席連続三振を奪って、勢いのある直球と切れ味鋭いスライダーのコンビネーションを駆使する櫻井はスカウトの注目の的となった。


 DeNAに入団し、1年目の春季キャンプで、櫻井は自らの能力がプロの打者にも通用することを証明する。オープン戦が始まると同時に一軍に呼ばれ、5試合続けて無失点の好投。高卒ルーキーの開幕一軍入りもあるかと騒がれ始めた矢先の2018年3月24日、ファームへの合流を命じられた。


 当時の心境を、櫻井が振り返る。


「結果は残せていたけど、まだまだ1年目。というか1年も経っていない、プロの世界のことを何も知らない選手なので、全然、納得していました。オープン戦とはいえ一軍を経験できたからこそ、『また一軍の舞台で投げたい』というモチベーションになって、1年間がんばってこれた」


 1年目のシーズンは、先発と中継ぎ、両方の可能性を探りながら始まった。そしてほどなく、「壁」にぶつかる。

日比野恭三
日比野恭三

1981年、宮崎県生まれ。2010年より『Number』編集部の所属となり、同誌の編集および執筆に従事。6年間の在籍を経て2016年、フリーに。野球やボクシングを中心とした各種競技、またスポーツビジネスを中心的なフィールドとして活動中。

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