中村晃の笑顔に、球場が温かさに包まれた 変わらぬ野球への情熱で困難を乗り越える

田尻耕太郎

今季初打席に涙を浮かべるファンも…

5月31日の東北楽天戦で、今季のスタートを切った中村晃。いきなりタイムリー二塁打を放ち、笑顔をのぞかせた 【写真は共同】

 特別な瞬間だった。中村晃が5月31日の東北楽天戦で今季初めて1軍の試合に出場した。試合前のスタメン発表、初回にライトの守備へ向かう時、そして2回裏に回ってきた第1打席――。それぞれで巨大なドームが温かい拍手と「おかえり」の大歓声に包まれた。

「シーズン初めてのヤフオクドームだったけど、久々な感じはしませんでした。わりといつも通りに(試合に)入っていけました」

 お馴染みの独特な構えで打席に立つ。4球目、左腕の辛島航の内角スライダーに体が反応した。思いっきり引っ張った強烈なライナーが右翼線を破った。同点に追いつくタイムリー二塁打だ。
 割れんばかりの大声援が降り注ぐ中、中村晃は笑顔を浮かべた。それがホークスビジョンに映し出されると客席には涙を浮かべるファンもいた。チームメイトも大喜びだ。全員がベンチから身を乗り出し、二塁に向かって拳を突き上げた。

ファームでは若手選手への助言も

まだ全快とはいかないものの、中村晃は一歩一歩、自分のペースで病気と向き合っていく 【写真は共同】

 今季開幕を1週間前に控えた頃、自律神経失調症を患っていることを公表した。疾病の性質上、治療期間は数カ月から数年とさまざまだ。不眠に悩まされたり発熱が続いたりという症状があったという。球団ならびに現場サイドは全面的にバックアップをし、前に進むのも少し立ち止まって休憩するのも本人の体調に委ねた。

 その中で4月下旬からファーム戦には出場していた。小川一夫2軍監督は言う。

「最初の頃に比べれば、声が出るようになったり、ベンチの前まで出て若い選手に声を掛けていたわったりする姿が見られるようになりました。彼は若い時からとにかく真面目。だからこそ無理をしないよう僕らもコミュニケーションをとりながら注視していました。我慢はする必要はないし、悩む必要もない。辛抱や考えるというのは人間は大切だけど、我慢や悩むというのは違うから」

 また、井出竜也2軍外野守備走塁コーチは「変に気を遣う方が不自然。やれるならやってみようか、と背中を押した」と上手に接した。若い選手たちも同様だった。時には打撃のアドバイスを求め、背番号7はもちろんそれに応じた。

「結構みんな聞いてきました。(ファームは)若い選手が多いから変なバッティングはできない」

 2軍では打率3割3分3厘(13試合に出場)ときっちり結果も残して1軍に上がってきた。

 ただ、戻ってきたイコール全快は早合点だ。今後も出場の可否は日々判断していくことになる。もしかしたら前進があれば後退もあるかもしれない。だけど、間違いなく言えるのは、中村晃は野球への情熱を1ミリたりとも失ってはいないということだ。

 彼は自分のペースで一つずつ乗り越えていく。われわれは温かく見守りながら応援を送り続けたい。
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著者プロフィール

 1978年8月18日生まれ。熊本県出身。法政大学在学時に「スポーツ法政新聞」に所属しマスコミの世界を志す。2002年卒業と同時に、オフィシャル球団誌『月刊ホークス』の編集記者に。2004年8月独立。その後もホークスを中心に九州・福岡を拠点に活動し、『週刊ベースボール』(ベースボールマガジン社)『週刊現代』(講談社)『スポルティーバ』(集英社)などのメディア媒体に寄稿するほか、福岡ソフトバンクホークス・オフィシャルメディアともライター契約している。2011年に川崎宗則選手のホークス時代の軌跡をつづった『チェ スト〜Kawasaki Style Best』を出版。また、毎年1月には多くのプロ野球選手、ソフトボールの上野由岐子投手、格闘家、ゴルファーらが参加する自主トレのサポートをライフワークで行っている。

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