一流選手を率いるチームマネジメント術 稲葉篤紀(野球)×西野朗(サッカー)
代表チームならではのチームづくりとは
指導者としての経験豊富な西野さんは、レギュラーだけでなく控え選手のコンディションも重要だと強調する 【築田純】
稲葉 やはり、選手それぞれの個性をつなげる、つまり「点を線にする」ことが監督の仕事であると思っています。僕の野球はピッチャー中心。まずは守備をしっかりと固めた上で、いかに点を取るかという野球をやりたい。そうした考え方を軸としていかに「点を線にするか」を組み立てているし、コーチ陣との話し合いでも非常に多くの時間を割いています。
西野 特に代表チームに関しては、サッカーも同じです。例えば、まったく相性が良くない3人のスーパースターを同時に起用してもチームの力はむしろ半減してしまう。逆に、個々の能力はそこそこでも、グループとしての結束力が高ければ驚くようなエネルギーを生むこともありますよね。それはまさに、稲葉さんが言う「点を線に」と非常に近い感覚である気がします。
稲葉 そう思います。打線について考えた場合、例えば、自分の前後の打順が誰かによって、打ちやすい、打ちにくいという感覚があるんですよ。代表チームでは普段一緒にプレーしない選手と打線を組むわけですから、その感覚が本当に大事なんです。西野さんがおっしゃるとおり、単純に成績のいい選手を並べればいいというわけではないんですよね。
西野 だからこそ、サッカーなら11人、野球なら9人のレギュラーメンバーだけでなく、バックアッパーの存在が大切であると考えています。特に世界大会のような短期決戦においては、流れを変える、あるいは決定的な何かをするのは彼らであることが多い。だからこそ、いかにして彼らのモチベーションやコンディションを最高の状態に保つかが重要で、僕の場合、むしろ大会期間中はバックアッパーを中心に目を向けていました。
稲葉 サッカーの場合、1試合の選手交代は基本3人までですよね? そこもまた難しいのではないかなと思うのですが。
西野 1996年のアトランタ大会で23歳以下の日本代表を率いて戦ったのですが、本当に大一番で、ものすごく張り詰めた緊張感の中で、「この選手を使いたい!」と思った瞬間があったんですよ。そこでパッとベンチを見たら、その選手は何ひとつとして準備ができていなかった。スパイクのひもすら結んでいない状態で。
――さすがに、その状態でピッチに送り込むわけにはいかないですよね。
西野 それでも僕自身は使いたかった。でも、コーチは別の選手を準備させて、結局、その選手をピッチに送り込んだのですが、結果としてはうまくいきませんでした。僕のイメージとはまったく逆の流れを招いてしまった。その経験があったからこそ、準備の大切さについては特別な意識を持っているし、選手たちにもそういう意識を持ってもらいたい。10分、5分、あるいは1分かもしれないけれど、サッカーは本当にささいなことで流れが変わりますから。「いつでも行ける」という意識を全員が持っているチームでなければならないし、そういうチームを作ることが僕の仕事だと思っています。準備さえできていれば、あとはその試合の状況に応じた“ひらめき”に従うしかないですよね。
稲葉 すごくよく分かります。だからこそ、“線”になり得る“点”を見つけておくことが大事なんですよね。
人から見られる意識を持つということ
スタイリッシュな印象のあるふたりは自身のコンディショニングをどう考えているのか 【築田純】
稲葉 西野さんと比べたら、僕なんて全然。よく「体型が変わらないね」と言ってもらえるのですが、実は着やせするタイプなんですよ。だから、僕自身の頭の中には「まだ大丈夫」という意識があったのですが……とはいえ、やっぱり現役を引退すると筋肉が落ちて太るんですよね。 昨年秋の大会では選手たちに胴上げをしてもらう機会があったのですが、まさに宙に舞っている最中に下から「うぅぉ」という悲鳴のような声が聞こえてきて、「これはやせなければ」という気持ちになりました。
西野 太ったんですか? これで?
稲葉 よっぽど着やせするんだと思います。3月にメキシコと対戦したのですが、その試合後のインタビューを見た妻から言われてしまいました。「監督の反省は二重アゴだね」と(笑)。それにしても、西野さんこそまったく体型が変わらないですよね?
西野 筋肉の“質”はもちろん変わっているけれど、体型そのものは40年くらい変わっていないんですよ。
稲葉 それはすごい。
西野 もともと太ることがイヤだし、体を動かすことが好きなんですよ。朝、千円札だけ握って散歩に出掛けたら、3時間くらいは戻りません(笑)。だから“ダイエット”という意識を持ったことはない。食べたければ食べる。飲みたければ飲む。お酒についても基本的には自由です。ただし、食べたら食べただけ、飲んだら飲んだだけ、あるいはそれ以上に体を動かすことだけはかなり強く意識している。僕の中ではそれがライフスタイルの基本として体に染みついているという感じなのかな。
稲葉 すごい……。ストイックですね……。
西野 そういう意識は全然ないんですよ。稲葉さん、現役時代はどうだったんですか?
稲葉 僕自身、実はすごく食が細いので、体を大きくすることについてはかなり苦労しました。具体的には、1日3食ではなく4食、5食と、できるだけ回数を増やして食事を摂っていたんです。昔はよく「よく食べる選手ほど、いい選手になる」と言われていましたし、確かに食べることはとても大切なトレーニングのひとつだと思います。でも、僕のように食が細い選手でも、工夫すればちゃんと体をつくることはできるんじゃないかなと。
西野 今は本当にすごいですよね。選手が“マイミキサー”を持って、それぞれに合ったスムージーを自分で作る時代ですから。それくらいの気を使って食事をコントロールしているし、栄養管理はもちろん、トレーニングや休息の質や量については本当に意識が高い。僕が現役だった頃なんて、そういう意識さえまったくなかったですから。
「監督だってカッコいいほうがいい」と稲葉さん。監督として見られることは強く意識しているという。 【築田純】
稲葉 もちろんあります。やはり、見られる立場、子どもたちに夢を届ける仕事である以上、監督だってカッコいいほうがいいですよね(笑)。だからこそ、1年前のロシアで戦う西野さんをテレビ越しに拝見して「カッコいいな」と。現在の日本代表監督である森保一監督も、本当にスーツ姿がビシッと決まっていますよね。野球は選手と同じユニホームを着るのですが、体のラインが出てしまうので油断できないんです。
――あまりに太ってしまうと、選手との関係性や距離感にも影響がありますよね。それこそ“ルックス”によって、選手からの第一印象が決まることもあるのではないかと。
稲葉 ひと昔前とは、時代が変わってきていますからね。僕が若かった頃は、監督というのは本当に絶対的な存在で、若手選手が気軽に話せるような雰囲気はまったくありませんでした。でも、今は逆にそういう壁をなくして接したほうがチーム作りをする上でポジティブであると思うし、僕自身もできるだけ密なコミュニケーションを取りたいと思う。むしろ選手たちに自分のことを知ってもらいたいと思うので、監督になったからといって自分のキャラクターを変えるようなことはしていません。
西野 僕自身も同じ考えです。もちろん“監督然”とする態度も必要ではある。でも、選手たちと距離を置いた存在にはなりたくないし、常に監督室のドアをオープンにして、いつでもフラットに意見交換できるような関係でありたいと思っています。それはたぶん、僕自身の本質的なキャラクターとしての考えでもあると思うので、そういう意味では稲葉さんと同じく、そのままのキャラクターで選手たちと向き合っていると言えるのかな。
――最後に、おふたりの今後についても聞かせてください。
稲葉 1年後に迫った東京での金メダルを目指して突き進みます。僕自身のリベンジの思いもありますし、純粋に金メダルを目指す選手たちの気持ちもあります。その目標に向けて、最高の準備をしたいですね。
西野 素晴らしい目標ですよね。野球もサッカーも自分たちにとっての「最高」を目指すことは間違いありませんから、私自身も応援していますし、期待しています。
稲葉 今後について、西野さんはどんなことを考えているんですか?
西野 機会があれば、もう一度ピッチへという思いは持っています。ただ、こればっかりは、なかなかそう簡単に訪れるものでもないですから。だから、とりあえずはそば打ちでも(笑)。いや、まずはマラソンに挑戦してみようかな。