「日本語の再発見」で独自文化の強化を 文化・教育委員会 青柳正規委員長に聞く(後編)

岩本勝暁

日本の良さを外国人に発信してもらう

外国人に日本の魅力を発信してもらうのもひとつの手。和歌山県の那智の滝(写真)はフランスの作家であるアンドレ・マルローによって広められた 【写真:アフロ】

――東京2020を成功させた後は、それまでの文化活動をどのように広げていけばいいでしょうか?

青柳委員長 どこの国、地域にも良さや美しさはあります。だから、いまさら日本の美しさだけをアピールする必要はないと思っています。むしろ、訪日された方々が自然に見つけてくれた方が、はるかに印象に残るのではないでしょうか。

 例えばフランスの作家であるアンドレ・マルローが日本に来た時、彼は和歌山県の那智の滝にものすごく感動したんです。それも、私たちとは違ったアプローチで、那智の滝の美しさをとらえている。そのことから、那智の滝にはフランスの観光客がたくさん訪れるようになりました。誰かが「これこそ日本の美しさだ」と言ったわけではないんだけど、そうやって見つけてもらうことの方が私は大切なような気がします。

モーリー 同じような路線で、もう少し小粒な例がたこ焼きですね。ここ数年、大阪城では外国人が圧倒的にたこ焼きを買い始めたそうです。事業をやっていた70代の女性店主が、億単位の脱税をしていたというニュースが出ました。8個600円のたこ焼きを中心に、3年間で5億円も売り上げていた。インバウンドによって、中国や欧州あたりのソーシャルメディアで爆発的に広がったのでしょう。

 もしかしたら、一般の日本人からしたら「大阪のたこ焼きが日本を代表するの?」と思うかもしれない。だけど、それが外国人からすればクールだったりするんです。脱税の話は別として、そのように観光客に実際に来ていただいて、楽しかったことを発信してもらうことによって、そこから共鳴を生むかもしれません。

 コト消費とモノ消費の違いはありますが、上手なのが金沢です。北陸新幹線を使えば、東京から2時間半ほどで行けますね。金沢で何が起こっているかというと、観光客が次から次へとお金を落としているんです。「これを買ってください」というのは特になくて、「気がついたら散財していた」というように消費を楽しんでいるんですね。
 そこがツボなのではないでしょうか。つまり、外国人が何を喜ぶかをひたすら調べて対応していく。自分たちの都合を優先させるのではなくて、「どうして訪日外国人はたこ焼きが好きなのだろう?」と調べるくらいの姿勢がいいんじゃないかと思います。

青柳委員長 おっしゃる通りです。2016年にボブ・ディランがノーベル賞をもらったでしょう。とても素晴らしいことだと思いました。というのも、ボブ・ディランのようなポピュラーな人をノーベル賞が文化として認めたということですからね。画期的なことだと思います。しかも彼は、画家としても才能がある。大変な天才の一人です。これからは世界中の人が米国の文化に対して「ノーベル賞を取るくらいのものがたくさんあるはずだ」というふうに見直しますよ。

モーリー 強調しておきたいのは、ボブ・ディランはノーベル賞を目指してやってきたわけではないということです。あるがままの自分を吐露して、それがファンの間で回流していく。その中でエネルギーが成熟した結果、ノーベル賞の受賞にいたりました。

 ご質問にあった「日本はどうやって文化活動を広げていけばいいか」に答えるなら、逆転の発想で「日本はあなたの文化を受け入れる国ですよ」「日本に来て教えてください」「みんな興味を持っています」といろいろなもの取り込んでみるといいのではないかと思います。日本にはスポンジのように吸収する文化があるということを打ち出していくことによって、「じゃあ、日本に行ってみようか」と思ってもらえるかもしれません。そういうやり方はあると思います。

受け入れることで、日本の魂は逆に強化される

明治時代の近代化をなぞらえ、現代も柔軟に生きていくことが必要と青柳委員長は説いた 【写真:築田純】

青柳委員長 明治時代には「和魂洋才」という言葉があって、近代化のために西洋の学問や知識を受け入れざるを得なかったわけです。「魂だけは失わないようにしましょう」なんて強がりを言いながらね。だけど、それを受容しながらもやってきた。あらゆる知恵を使いながら、もっと柔軟に今の世界を生きていけるようにしたいですね。そのためのオリンピックになればいい。

モーリー 「和魂洋才」の時代には、「洋才を受け入れ過ぎると、魂も洋に書き換わってしまう」という危機感があったのでしょうね。ところが今の日本はもっと成熟してバランスも取れている。どんどん受け入れても、コアとなる日本の魂は逆に強化されるんじゃないかと思います。

青柳委員長 私もそう思います。

モーリー 英語でも中国語でもいいですが、メジャーな言語のバイリンガルが増えてくると、逆に日本語の感性が研ぎ澄まされるかもしれません。
 個人的な体験で言わせてもらうと、子どもの頃から絶えず英語にさらされてバイリンガルであり続けた結果、日本語への執着は一般的な日本人よりも強まったと思っています。むしろ刺激を受けた。だから、私の場合はミックスしたことで逆に強くなった事例です。もちろんそれが万人に当てはまるかは分かりません。だけど、外国文化の影響を受けることや、国籍を移して日本人になる人が増えることに、それほど直線的に警戒をしなくてもいいのかなと思っています。

青柳委員長 私も商売上、イタリア語を若い時からやっているのですが、そうすると「日本語も結構いい表現を持っているな」と見直すことが度々あるんですね。

モーリー 日本語には、弥生時代から海外のいろいろな文化と交流し、刺激を受けた中で形成されていったプロセスがありますからね。だから、日本語を「隔絶されたカプセルの中の存在」に追い込むと、それこそ歴史修正になってしまいます。そもそも、そうじゃなかったから。いろいろな流れの中で存続してきた言語なので、広い意味での国際化によってさらに強化され、少数民族の言語でありながらサステナブルなものになると思います。
 2020年の東京オリンピック・パラリンピックが、いろいろな人に出会い、自分のアイデンティティを拡張するきっかけになるといいですね。先入観を手放して、受け入れることの喜びというのかな。両方あると、なおいいと思います。

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著者プロフィール

1972年、大阪府出身。大学卒業後、編集職を経て2002年からフリーランスのスポーツライターとして活動する。サッカーは日本代表、Jリーグから第4種まで、カテゴリーを問わず取材。また、バレーボールやビーチバレー、競泳、セパタクローなど数々のスポーツの現場に足を運ぶ。

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