森保監督は準決勝にピークを設定したか イランに快勝し、「未知の7連戦」へ

宇都宮徹壱

望外のリードにも最後まで落ち着いていた日本

5試合ぶりにスタメン復帰の大迫(右)が2ゴール。エースにふさわしい活躍で勝利に導いた 【Getty Images】

 後半に入ると、イランは攻撃のギアを1段も2段も上げてきた。セットプレーやロングスローを多用しながら、ゴール前で空中戦の状況を何度も作り、こぼれ球から貪欲にミドルシュートを放ってくる。吉田と冨安を中心とする体を張ったディフェンス、そして権田の好判断によって何とかはじき返してはいるものの、反撃の糸口がつかめないまま我慢の時間が続く。「何とかイランに隙が生まれる瞬間が訪れないだろうか」──そんなことを考えていたら、後半11分にそれは訪れた。

 最終ラインの裏でボールを受けた南野が、相手DFに倒されてボールがこぼれる。すると何を思ったか、イランの選手5人が猛然と主審に抗議。この時、「相手の足が止まって、笛も吹かれていない」と気づいた南野は、すぐに立ち上がってボールを拾うと、そのまま左サイドからクロスを供給する。イランの守備陣形が整わない中、大迫がニアサイドから頭で合わせてネットを揺らし、日本は待望の先制点を挙げた。

 その3分後、遠藤が相手のファウルで倒され、タンカで運ばれるというアクシデントが発生。すぐさま塩谷司が投入される。この嫌な雰囲気を断ち切ったのが、またしても南野。後半18分、大迫とのワンツーからペナルティーエリア内でクロスを放った時、ボールがモルテザ・プーラリガンジの左手に当たる。主審はPKの判定。その後のVAR判定でもPKが支持され、後半22分に大迫が冷静に決めて2−0とした。

 あの「アジア最強」のイランを相手に2点のリード。この時、同じスコアからベルギーにひっくり返された、W杯での苦い記憶(いわゆる「ロストフの空を忘れるな」)が脳裏をよぎった人は少なくなかったのではないか。しかしこの日の日本は、望外の試合展開に浮足立つことなく、特に守備面では若い冨安が安定感抜群のディフェンスを披露。一方、日本のベンチワーク(後半28分、酒井OUT/室屋成IN。同44分、堂安OUT/伊東純也IN)もまた、実に的確なものに感じられた。

 そしてアディショナルタイムの後半45+2分、原口がドリブルで抜け出してダメ押しの3点目。これでイランの選手たちは、完全に我を失ってしまった。終了間際には、冨安に沈黙を強いられてストレスをためていたアズムンが、つまらない場面で挑発行為。両チームが一触即発となり、アズムンと長友にイエローカードが出されたが、それでも日本は最後まで落ち着いていた。そしてタイムアップ。3−0で完勝した日本が、2大会ぶりのファイナル進出を果たした。

「何が変わったのか、逆に教えていただきたい」

終了間際、イランの挑発行為からひと悶着が起きたが、日本は最後まで冷静に対処した 【Getty Images】

「感情的なミスからわれわれは失点してしまい、その結果として心理的に落ち込んでしまった。選手はファウルだと思って主審のほうを見たが、日本の選手はプレーを続けた。ベストのチームが決勝に進んだ。日本には『おめでとう』と祝福したい。そして選手、スタッフ、イラン国民には心から『ありがとう』と申し上げたい」

 試合後の会見に臨んだイランのカルロス・ケイロス監督は、どことなく寂しそうな表情。当然だろう。ここまでの5試合、12得点の失点ゼロという完ぺきな戦いぶりだったのに、最後は0−3で完敗して43年ぶりの悲願を絶たれたのだから。イランの記者からは「あなたの任期中、W杯とアジアカップに2回ずつ出場しているが、なぜイランは勝てないのか?」という厳しい質問が飛んだ。それは指揮官自身が知りたいことだろう。いずれにせよ8年間続いたケイロス体制は、非常に残念な形で終わりを迎えることとなった。

 一方、勝利した日本の森保監督。「これまでの試合との違い」について記者から問われると、「何が変わったのか、逆に教えていただきたいです(笑)」と、例によってとぼけてみせる。今回も胸の内を語ってくれそうにないので、ここではひとつだけ「コンディショニング」について指摘しておきたい。満を持してスタメンに起用した大迫が典型例だったように、他の選手たちも準々決勝までと比べて格段にコンディションが上がっていた。対照的なのがイランで、ここまで力任せに戦ってきたツケが、この日本戦で一気に噴出したように感じられた。

 この試合での日本の充実ぶりを見る限り、森保監督が準決勝のイラン戦にコンディションのピークを設定していたのは間違いないだろう。グループステージの1戦目と2戦目でベースを作り、3戦目で休ませてから、ラウンド16と準々決勝で再びメンバーを固定。ただし負傷が再発した大迫に関しては、初戦に起用して以降は回復に専念させ、その間は北川航也と武藤嘉紀を代役に充てた。どちらも大迫とはまったくタイプが異なるが、復帰した大迫がすぐにフィットできるよう、あえて戦い方のスタイルを変えなかったのではないか(そう考えれば、北川の不可解な起用方法も合点がいく)。

 かくしてイランを打ち破った日本であるが、われわれはまだ何も手にしていない。そしてここから先は「7試合連続で戦う」まさに未体験ゾーン。そこで最後に激突するのは、開催国のUAEか、それとも躍進著しいカタールか。もうひとつの準決勝の結果を見届けるべく、これから私もアブダビに移動することにしよう。頂点まで、あと1勝。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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