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「本当に強かったんだよ、稀勢の里は」
能町みね子さんが悔やむ“あの決断”

引退に「たられば」ばかり思う

初場所3日目の稀勢の里。これが現役最後の土俵入りとなった
初場所3日目の稀勢の里。これが現役最後の土俵入りとなった【写真は共同】

 稀勢の里はケガをして以来、結局相撲を立て直すことができないまま、昨年11月の九州場所4連敗(のち休場)に続き初場所でも3連敗。「勝てなければ引退」の横綱という地位を考えれば、私も引退はまったく妥当だと思います。遅かったとすら思います。


 それでも、やはりファンとしての気持ちにはまだ整理がついていません。あの時のあれさえなければ、とか、あのときああなっていなかったら、とか、いけないことだけれど、色々な「たられば」ばかり考えてしまいます。稀勢の里は強かったし、なるべくして横綱になったが、絶望的なほどに運がなかった、と私は思っているのです。


「たられば」は、たくさんあります。まず、「横綱昇進直後にケガをしていなければ」。ほかにも「尊敬する師匠が早くに亡くなっていなければ」あるいは「仮に生まれる時代が少し遅ければ」……考え始めればキリがないのですが、引退した今、新たに結果論として思いついたのは「ケガの直後の夏場所にあのまま出場していたら」ということです。


 ファンはみな「ケガのあと中途半端に出ないで、しっかり休んでいれば」と言う。常識的に考えればそうですし、ケガを押して出場するのは、一般論としては全く勧められません。


 しかし、今になって当時の成績を見てみると、「6勝4敗からの休場」です。一度だけ皆勤した昨年9月の秋場所を除けば、途中休場のほかの場所に比べてかなりマシな成績です。稀勢の里は初土俵以来、大ケガまでは実質的に休場ゼロで過ごしてきました。だから、出つづけることで、非経験者には分からない「相撲勘」なるものが実は保てていたのではないか……と妄想し始めたのです。

メモで振り返る“あの時”

 引退からまだ数日。私はどうしても未練たっぷりの気持ちです。常識的な判断をあえて無視して「たられば」を語ることを許してください。もし夏場所に出つづけていたら……それを頭に置きながら、当時の私が取組を見て書きとめていたメモを、平成29年夏場所の少し前からふりかえってみます。


 稀勢の里は、まさに「地位が人を作る」の典型例でした。横綱昇進を決めた平成29年初場所は14勝1敗での優勝と文句ない成績ではあったものの、危なっかしい相撲もけっこうありました。例えばメモから抜粋すると――


■平成29年初場所(1月)

4日目 ○松鳳山

「松鳳山は低く出て行きとてもいい相撲。稀勢は回り込んで白房下でギリギリ突き落とし、危なかった」

中日 ○隠岐の海

「稀勢、腰が高くて差せない。隠岐の海が二本入っちゃって出る出る、稀勢はずっと左に回り込んで赤房ギリギリでどうにか突き落とし、危なすぎるよ〜」

11日目 ○遠藤

「稀勢は突き失敗で遠藤左入る。右上手もいいところ引いて稀勢を出し投げで泳がせて寄るがあと一歩。稀勢は右抱え、上手切って強引に小手投げで潰す。危ういなあ」

14日目に初優勝を決めた稀勢の里。千秋楽は立合いから白鵬の猛烈な攻めに押し込まれるも、土俵際で逆転のすくい投げ
14日目に初優勝を決めた稀勢の里。千秋楽は立合いから白鵬の猛烈な攻めに押し込まれるも、土俵際で逆転のすくい投げ【写真は共同】

 ところが、稀勢の里は横綱に昇進したことで明らかに余裕が出て強くなります。


■平成29年春場所(3月)

初日 ○豪風

「あいかわらず面倒くさそうな顔の稀勢(※この頃は、そういう表情を見せた日に強かった)。豪風の立ち合い低くマトモ。稀勢、少し押されるがすぐ豪風は引き、乗じて押していって完勝」

4日目 ○蒼国来

「日に日に安定。見て立って、圧力をかけて左はハズ、ずっと回り込む相手を押していって最後は左も差して寄り切り」

5日目 ○勢

「勢もよく当たったが稀勢はすぐ左差せた。勢が小手に振るのも強いが、あわてずゆっくりゆっくり左深く差し、右上手取れるまで待ってから青房へ寄り切り、横綱相撲!この日で私の稀勢の里観は変わった。稀勢は負けそうにない」


――この日、私はこのように絶賛しています。実際、このあたりの数日は、特段に稀勢の里が強く見えました。


6日目 ○宝富士

「稀勢、左カチ上げから差し、前に出ながら上手も取り、向正面から赤房へと寄り切り、貴乃花みたいな相撲!」

7日目 ○御嶽海

「御嶽海よく攻めたが右おっつけが効かない。西で右上手取られて逆に出られ、御嶽海は右巻き変えてももう遅い、赤房寄り切り」


 中日(8日目)あたりからは逆に余裕を持ちすぎたのか、攻めを受けすぎてしまう相撲もありました。それでも星は落とさず、12日目まで連勝が続く。


 そして運命の13日目、ケガをした日馬富士戦を迎えてしまいます。その後の数日は、いろいろなところで語られたとおりです。

能町みね子

文筆業、相撲ファン。近著に「私以外みんな不潔」、「文字通り激震が走りました」など。

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