「3年でプロに行けなければ…」ソフトB2位・杉山一樹が実現した公約

週刊ベースボールONLINE
「153キロ」。今夏の都市対抗準々決勝(対JR東日本)で、0対7と劣勢の7回裏途中、JR西日本が送り込んだ4番手の補強右腕がたたき出した初球に、東京ドームのネット裏がどよめいた。11月3日の社会人日本選手権でも、153キロをマークした193センチ右腕の秘めた可能性に迫る。

一度は引退を決意した高校時代

最速153キロ。他球団は3、4位での指名を見込んでいた中で、ソフトバンクは2位で指名した 【写真=寺下友徳】

「プロ野球志望届を出すべきか。それとも……」。2015年秋、駿河総合高3年の杉山一樹は、人生の岐路に立っていた。

 中学時代は外野手。3年間で身長が170センチから188センチまで伸びたこともあり、高校では自ら望んでいた投手に転向した。かつて島田商高で仁藤拓馬(2006年高校生ドラフト・オリックス4巡目指名、現同球団広報)を育てた望月俊治監督の下で、投手としての基礎、基本を学んだ。「高校2年の冬に、シャドーピッチングや走り込みに取り組んだ」。3年春には初めて背番号1を着け、球速も10キロアップの145キロに。190センチの大型右腕として一躍、プロ注目の存在となった。

 しかし、最後の夏は磐田南高との初戦(2回戦)で敗退(0対6)。「力を入れたストレートが甘く入った」。課題だった制球難が露呈してしまい5回2失点で、高校3年間を終えた。杉山は3年春から進路を「プロ一本。ドラフト指名がなかったら野球をやめる」と覚悟を決めていた。だが、秋を迎えると「やはり、野球を続けたい……」と、悩みの日々が続く。

 そんなある日のこと。熱烈なラブコールが杉山に届いた。オファーを出したのは同年から町田公二郎監督(元広島、阪神)が率いていた三菱重工広島。杉山は高校3年夏を終え、複数の社会人チームの練習に参加したが、三菱重工広島は最も印象に残るチームだったという。

「僕が好きなガムシャラにボールを追っているスタイルだし、町田監督の考え方も自分と近い。やるしかないと思った」

 かくしてプロ志望届を出さず三菱重工広島への入社を決意した杉山。実はもう1つの決意も秘めて、これまで縁もゆかりもなかった広島へと向かった。

「もし、3年でプロへ行けなければ、野球はやめる」。再び自ら“公約”したのだ。

レベルの高い環境で過ごした下積みの2年

 三菱重工広島は選手層が厚い。15、16年に侍ジャパン社会人代表に名を連ねた主戦の鮫島優樹、2017年10月のドラフトでヤクルトから2位指名を受けた大下佑馬をはじめ好投手がめじろ押し。高卒新人の杉山がチーム内で立場を手にするのは大変だった。球速は150キロが出るようになったものの、1、2年目は公式戦や練習試合での登板も限られていた。

「2年間は大下さんと投手ペアを組んで寮生活から指導を受けていたんです。大下さんは態度で『俺が引っ張る』を見せていた方でした。影響は大きいです」

 大下が抜けた今年、「僕が投手陣で一番年齢が下ですけど、自分が引っ張って雰囲気を作る」と、勝負の3年目をスタート。町田監督もアシスト役を買って出た。

「これからの部分も多いが、頭の回転はいいし、向上心もあってコツコツやる」

 取り組んだのは、制球力の安定。トルネード気味だった高校時代のクセが残る大きなフォームを、ややコンパクトにした。町田監督はマンツーマンで指導し「最初はなかなか身に付かなかったけど、だんだんできるようになってきた」。そんな矢先、舞い込んできたのが、JR西日本からの都市対抗の補強選手要請だった。

 チームは中国地区二次予選直前に出場辞退(部員の不祥事)を余儀なくされ「大会に出られなかったみんなの思いも背負い、いま持っているボールで勝負した」。全国大会初登板となった都市対抗準々決勝(対JR東日本)の初球が「153キロ」。ネット裏のNPBスカウトは高卒3年目投手の快投にペンを走らせたのだ。

担当スカウトが太鼓判、高校時代からの成長

ソフトバンク・工藤公康監督と王貞治会長のサインボールを手に満面の笑みを見せる杉山 【写真=寺下友徳】

「今度は、自分がチームを全国に導く」

 強い意志を持って臨んだ日本選手権中国地区最終予選。三菱自動車倉敷オーシャンズとの初戦で先発し、6回3失点で試合を作るも、救援陣が打ち込まれ逆転サヨナラ負けを喫した。後がなくなったチームの救世主となったのが杉山だった。

 敗者復活トーナメントのJR西日本、ツネイシ戦で救援し好投、第2代表決定戦への道を切り開く。勝負となったシティライト岡山戦では6回表二死からロングリリーフ。56球のうち半数以上が最速155キロ、常時140キロ後半のストレートで6三振を奪う圧巻の内容で、初の胴上げ投手に輝いた。

「弱気にならず、立ち向かう気持ちで投げられた」。大型右腕は覚醒の時を迎えた。

 快投の連続に、スカウトも熱視線。その中には高校時代の杉山も東海地区担当スカウトとしてマークし、今年1月から中・四国地区に担当が変わったソフトバンク・山崎賢一スカウトもいた。「高校3年のときは楽しみとは思っていたけど、今よりもっと粗削り。それから3年がたってもう1回見たときに、制球力などでプラスアルファのいいところが出ていた。『これならさらなる成長が見込めるレベルまで来ている』と。だから、少し鍛えれば力を入れなくても平然と150キロは出せるようになると思います」(山崎スカウト)。他球団が3、4位での指名を見込んでいた中、ソフトバンクは2位で指名した。

「友人からお祝いのメールをいっぱいもらって、ようやく実感が湧いた」。宣言していたとおり、3年目のプロ入りを遂げた。入社時に作る「選手のぼり」に自ら希望して入れたのは「志は高く、行動は謙虚に」を表す「志高頭低」だった。

「社会人1、2年目は言いたいことを伝えられない時期もあったけど、3年目に自分が率先して行動した上で発言したら他の投手陣とコミュニケーションが取れたし、結果がついてきた。3年間、社会人で培った考え方を、プロでも発揮できるようにしたい」。10月29日の指名あいさつの後、決意を述べた杉山。社会人最後の登板となった日本選手権1回戦でも153キロをたたき出し、成長の跡をあらためて見せた。可能性を秘めた大型右腕。福岡でも「志高頭低」というポリシーを貫き、「勢いのある投球」を鷹ファンに示す。

(取材・文・写真=寺下友徳)
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