連載:あの馬はいま 一世を風靡した競走馬たちの歩み

ダンスインザダークからハルウララまで サラブレッドの知られざる「その後」

原口啓一(teramix)

競技馬志向の再調教が未来を狭めている

半年前、福山ホースクラブにやってきた引退馬。警戒心とプライドが高くなかなか人に心を許さない馬だが、宮田氏にかかるとわずか10分ぐらいで手をなめるまで心を開いた。コミュニケーションの間の取り方が大事とのこと 【teramix】

──どんな引退後の転用がよりふさわしいのでしょうか。

宮田 一口にサラブレッドといってもいろいろな性格の馬がいます。当然走らない馬もいるわけです。それなのにすべての馬を競技会に出られるような馬に仕上げようとする。そこに無理があるわけで、走らない馬なら走らないということを前提にしたトレーニングをすれば良いのです。画一的である必要などありませんからね。

──まずは個別に馬の性格や能力などを、正確に見極める眼が必要になってくるということですね。

宮田 その通りです。馬に携わる私たちプロが固定観念を捨てて、それぞれの馬に合った再調教を行う。それが馬たちを幸せなセカンドキャリアへ繋ぐ最初の一歩です。まずはアマチュアのサンデーライダー(主に休日に乗馬される方)が楽しめるような馬を作らなければいけないし、実際、サラブレッドはアマチュアには乗りやすい馬なのです。

 引退馬の再調教を行っている「吉備高原サラブリトレーニング」では年2回、再調教馬のオークションを開催しています。前々回(2017年春)のオークションで障害をいちばん高く飛んだ馬よりも、乗り手が手放しで旗を持って騎乗した馬がいちばんの高値をつけました。「吉備高原サラブリトレーニング」の理事長であり岡山乗馬倶楽部の代表でもある西崎純郎氏をはじめ多くの関係者が、より安全に振った馬のほうが大きな需要があるということに気づきました。ここからですね。乗馬クラブの競技馬だけではなく、セラピー馬、トレッキング馬など、引退馬の多様なセカンドキャリアという方向に目が向けられるようになったのは。

──サラブレッド=競走馬という図式で考えると、競争心とか闘争心とか激しい気性を思い浮かべてしまいますが、素人でも扱いやすいサラブレッドというのはできるものですか。

宮田 できますよ。ビギナーには、メンタル管理されたサラブレッドのほうが乗りやすいし、軽い障害や馬場馬術のさわりみたいなことを楽しむのなら、サラブレッドはぴったりです。年齢を重ねていけばますますおとなしくなっていきますしね。もちろん、その馬に合った再調教がきちんと施されていることが前提条件ですが。

アマチュアライダーにも扱いやすいサラブレッドの多様性

放課後デイサービスを活用した福山ホースクラブの障がい者向けのホースセラピー。今年の2月からセカンドキャリアをスタートさせたとは思えないテーオーグラジアの安定感だ 【teramix】

──今回の取材で出会った福山ホースクラブの「テーオーグラジア」あたりは、まさにその典型のようなサラブレッドですね。

宮田 レースキャリアも短く、もともと性格も穏やかだったのでしょう。毎日、子どもたちを乗せて頑張っている。頑張っているというより馬自身も楽しんでいるように見えましたね。「この馬だ!」と白羽の矢を立てた高橋のりこ代表の選択眼もすごいけど、それに応えるテーオーグラジアの心根もさすがです。現役時代はほとんど目立たなかったけれど、この馬ほど引退後にテレビ、映画と立て続けにスポットライトを浴びた馬はいませんね。

──そういえば今回取材した5頭の馬たちは、それぞれセカンドキャリアとして進む方向が見事に別々でした。みんな幸せなセカンドキャリアを歩んでいるように見えますが。

宮田 サンデーサイレンス直系の種牡馬として長い間サラブレッドの能力向上に貢献してきた「ダンスインザダーク」、高い運動能力とスタミナそして多くの観客を前にしてさらにボルテージを上げるスター性を持った障害飛越競技馬の「デルタブルース」、芝から障害までオールマイティにこなすレース巧者の器用さをそのままに、引退後もセラピー馬から競技馬までの幅広い転用幅で大活躍の「グラッツィア」、やっと安住の地を得てわがまま放題の快適生活を満喫している寂しがり屋の「ハルウララ」、そしてセラピー馬として大活躍の「テーオーグラジア」、それぞれが自分に合ったステージで活き活きと輝いていますね。環境は違っても、それぞれがセカンドキャリアのステージでとても大切に扱われてきたことがよくわかります。

 馬に対する人の意識が変われば、馬の置かれた環境も大きく変わります。馬と人、昔からお互いの関係はとても深いものでした。馬が幸せを感じる環境は、人にとっても幸せに感じるはず。だからこそ私たちは馬を画一的にとらえるのではなく、その可能性についてもっとフレキシブルに考えていかなければいけないと思います。そうすることで、これからもっと長寿になっていく馬たちが活躍する場所も増えていくのですから。

(企画構成:テラミックス)

宮田朋典(みやた・とものり)氏プロフィール
ホース・クリニシャン。1971年5月4日生まれ(47歳)。競走馬の問題行動(ゲート難など)や馬の走行フォーム、メンタルなどの改善を行う。種牡馬のディープインパクトやキタサンブラックをはじめ多数の有名種馬のメンタルトレーニングを手掛ける馬のスペシャリスト。

配信スケジュール(スポーツナビ公式アプリ)

第1回 配信中
わずか8戦で輝かしいセカンドキャリア ダンスインザダークの悠々自適
第2回 11月22日(木)〜
能力の高い競走馬は乗馬としても秀逸 デルタブルースはエンターテイナー!
第3回 11月23日(金)〜
子どもたちを乗せて未来へ羽ばたく テーオーグラジアは「放課後教師」
第4回 11月24日(土)〜
融通は利かないが人にはめっぽう優しい 職人気質のグラッツィア
第5回 11月25日(日)〜
人の思惑に翻弄されたハルウララは、まるで強運な女優のよう

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著者プロフィール

エディター。1951年4月25日生まれ(67歳)。女性総合誌の編集者として人物インタビュー、トラベル取材、ファッションなどを手掛ける。その後、馬の美しさと競馬・乗馬の世界に魅了され乗馬誌『Equus(エクウス)』を創刊。現在は“Equus Onlin”を主宰。

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