ラグビーを通じた開発とは? 元日本代表・向山昌利氏が語る
違いを認め、尊重することがノーサイド
今年8月には釜石鵜住居復興スタジアムがオープン。子どもスポーツ国際交流協会も交流イベントを行った 【写真提供:一般社団法人子どもスポーツ国際交流協会】
「2011年の夏に『W杯を開催しよう』というアイディアが生まれました。行政の人は釜石の鉄鋼や漁業などの主要産業が難しい状況にもなっていたので、まちづくりを長いスパンで考えないといけない。一方、当時は震災直後で、地元の人は自分の生活を何とかしたい思いでいっぱいでした。そのため、仮設住宅で暮らしている人にW杯の話をすると、傷つけてしまうことにもなりかねないので、住民との会話が十分にできないまま、最終的には立候補都市として手を挙げなければならないというジレンマの中にありました。
また、私は釜石をラグビーの町だと思っていたのですが、そうではない一面もありました。インタビューをしてみると『今はあまり強くないし、競技人口も少ない』『どこがラグビーの町なんだ』という方もいて、僕のイメージとは違っていました」
日本選手権で7連覇を果たすなど、新日鉄釜石ラグビー部はかつて輝かしい実績を残した。ただ、釜石において新日鉄は大企業であり、そこに勤めていた人とそうでない人にとって、給料やインフラの面でも違いがあったという。さらに、ラグビーが盛んな地域は内陸地が多く、比較的津波の被害が少なかったという事情もある。向山氏はそうしたギャップがあることを認識し、お互いに尊重していくことが大事だと話す。
「違いがある中で、それを認めた上でリスペクトしていくことが『ノーサイド』です。釜石を例にとると、われわれは被災していないですし、今でも快適に生活していますが、そのギャップに思いをはせて、そのギャップを乗り越えていくことが『ノーサイド』の実現につながっていくと思います。その時に『One For All,All For One』の気持ちを持って相手の立場を尊重しながら生活していくことが大事だと思います。そうしていければ、ラグビーを楽しむだけでなく、社会問題の解決にもラグビー人として貢献できるような生き方につながるのかなと思います」
そうした考えを持つことがラグビーを通した開発につながると述べ、向山氏は会見を締めくくった。
相手の立場に立って考え、理解することが大事
講演後の質疑応答ではさまざまな質問が寄せられ、白熱した講演となった 【スポーツナビ】
――違いを乗り越え、お互いをリスペクトするためには何が必要か?
難しい質問ですが、まず違いを知るということがすごく大事だと思います。何も知らないという状況では何も始まらない。知らないということは「怖い」という感情につながると思っています。日本の子どもを外国の子どもたちと交流させると、やはり最初は彼らにとって初めての経験なので、間合いを探って距離を置いています。でもラグビーをしたり、同じ部屋で生活することによって、外国の子たちのラグビーへの取り組み方とか違いを理解していきます。その時に相手の立場に立って、「自分が相手だったらどう思うんだろう」と想像しながら違いを理解し、尊重することが大事だと思います。
――今回のW杯を通じて、釜石にどんなレガシー(遺産)が残ると思うか?
まずは住まれている方が何を望んでいて、どんな生活をしたいのかをしっかり知る、聞くことが一番大事です。それを聞いて、そのために何をしていくことが必要か考えることが大事だと思います。W杯を行うことでスタジアムが立つ、体育館ができる、鉄道が通るなど、ただ建物やインフラができるだけでは、住まれている方の生活が改善したとは言えないと思います。住民の生活がW杯開催によってどのような影響を受けるのかを一緒に考えていくプロセスがあれば、W杯開催のネガティブな影響が少なくなり、ポジティブな影響が大きくなっていくと思います。