“良い子”からの脱却――穂積絵莉の選択 全仏複準V、シングルスでも勝つために

内田暁

「コーチに従うことで、責任から逃げていた」

現在はイギリス人コーチと杉山愛コーチに師事する穂積。変化は段々と表れはじめている 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

 だが華々しいダブルスの活躍の一方で、シングルスでは苦しい戦いが続く。プレースタイルに関しても、武器の強打を一層磨くべきか、あるいは、新たな戦術を体得すべきかで揺れた。

 長年師事する杉山芙沙子コーチの言葉に頷き、言いつけを守り……それでも結果が出ないある時、ふと「コーチに全てを任せることで、責任を取ることから逃げていた」自分に気付く。それは、コーチに従うことがあまりに当然だった彼女にとり、全く新しい視座だった。

 何かを変える時なのかもしれない……そう思った彼女は昨年末、杉山コーチの下を離れる心を決める。今年4月からはイギリス人コーチに帯同を依頼し、さらには元シングルス8位、ダブルス1位の杉山愛にも、指導を求めた。コーチや練習環境の一新――それは彼女の巣立ちの時であり、自分の中に築いていた“良い子”の檻(おり)からの脱却だったのかもしれない。

 新たなコーチたちからさまざまな助言も受ける中で、最近特に強く言われるのが「コート上でエネルギーを出すこと」だという。喜びや闘志を表現し、自らを奮い立たせる――それは、感情を抑えることが“習い性”になっていた今の彼女にとり、「最も難しいこと」だった。それでも意識的に「エネルギーを出す」ことを続けた近頃、試合中に、人生で初めてカッとなりラケットを投げた自分に驚く。もちろん、ネガティブな感情は制御しなくてはならない。そのことを、彼女は誰より理解している。それでも、本人も驚くほどの熱い感情の発露は、彼女の中で何かが変わりはじめている兆しだろう。

 彼女が目指すのは子供の頃と変わらず、現コーチである杉山愛さんのような、皆から愛され尊敬されるプレーヤー。その憧れの背を追いつつ、情熱や闘志をコート上で表現できた時こそが、穂積が思い描く真の理想像を、自ら体現できる日となる。

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著者プロフィール

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

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