「足が震えていた」1球の行方 花咲徳栄vs.横浜、最終回の攻防

楊順行

ゼロに近い筋書きが現実になる場所

昨夏覇者・花咲徳栄に競り勝ち、タッチを交わして喜ぶ黒須(左)と角田の横浜バッテリー 【写真は共同】

「野球じゃない、甲子園なんです」

 名言である。

 大会第8日。星稜(石川)と済美(愛媛)の一戦を、さる夏の甲子園準優勝メンバーである若い友人と見ていた。6点と大量リードされていた済美が8回、一挙8点で大逆転するが、星稜も粘って延長に。タイブレークの13回表には星稜が2点リードも、その裏の済美は史上初の逆転サヨナラ満塁ホームランで劇的に勝利するのだ。

 しかも、いったんは一塁側に切れた打球が、浜風によって押し戻され、ライトポールを直撃するというミラクル中のミラクルである。確率的にはゼロに近い筋書きが、ときに現実になるのが甲子園。若い友人の表現は、魔物が棲むというこの球場で、野球の常識ではありえないことが起きる状況をうまく象徴している。

昨夏は先行逃げ切り、今夏は粘り

 昨年王者の花咲徳栄(北埼玉)と、強豪・横浜(南神奈川)の一戦も、まさに“甲子園”だった。4点差を追う花咲徳栄が、9回裏に2点差まで迫り、なおも2死満塁で打者・井上朋也のカウントは3ボール2ストライクになっている。拍手、歓声、なにかが起きることを期待する空気。押し出しなら1点差になるどころか、一打同点か逆転サヨナラもありうる劇画のような場面なのだ。

 花咲徳栄と横浜。7月1日、地方大会前の総仕上げとして行ったガチンコの練習試合では、2対2で引き分けている関東の両雄が、2回戦でぶつかった。試合は1対1の同点から4回、横浜が「バットを振る勇気が鮮やかでした」(平田徹監督)と、外角中心の花咲徳栄のエース・野村佑希をとらえて3連打と敵失を足場に6得点。だが、花咲徳栄も執ようだ。救援した中田優斗が踏ん張る間に、6回にはマウンドを降りた野村が4番として2ラン。7回にも橋本吏功にソロ本塁打が飛び出して、4点差と食い下がる。

 前年の花咲徳栄は、すべて先攻を取った6戦中4戦で初回に先制しての優勝で、相手にリードを許したのは、準々決勝(vs.東海大菅生/西東京)の1〜3回だけという先手必勝型だった。だがこの夏、鳴門(徳島)との1回戦は、野村が1、2回に4失点で終盤まで追う展開。ようやく8回、1年生の井上に逆転打が出て振り切っていた。そしてこの日も、大量リードを追いかけている。だが、「昨年は先行逃げ切りでしたが、実は粘りのチームなんです」と岩井隆監督が言うように、じわじわと横浜に重圧をかけていた。

「悪魔の声に聞こえた」大歓声

 一方の横浜。2015年夏に名将・渡辺元智監督が勇退して以降、平田現監督のもとで3年連続の夏の甲子園だ。だが藤平尚真(東北楽天)がいた16年は2回戦で、県大会で14本塁打を記録した昨年は初戦で敗退と、なかなか結果が出ていない。ただ、この夏。愛産大三河(東愛知)との1回戦は、齊藤大輝の2ランなど3本のアーチと強力打線が力を見せつけ、投げては板川佳矢、及川雅貴の両左腕で5安打の零封リレーという堂々の発進だ。この日も、9回の守りまでは4点リードと前年覇者を追い詰めていた。

 だが、そこからだ。横浜のマウンドには、2年生の黒須大誠がいる。8回1死一、二塁のピンチで板川を救援し、後続を抑えてはいた。それが9回、先頭打者に死球を与えると、次打者にも四球、1死後またも四球。さらに、野村の当たりそこねのサードゴロが内野安打となり1点が入ると、球場の空気に“甲子園”を期待する分子が充満した。なんとか2死にしてからも、死球で2点差。そして、初戦で殊勲打を放った井上に対しては3ボールとなる。1ボールごとに音量を増していく歓声はそのまま「悪魔の声に聞こえました」(横浜・齊藤主将)と、横浜ナインには2点のリードがあることさえ忘れかけさせた。

フルカウントから「高めを狙え」

 そこからストライク、ファウルのフルカウント。さあ、どうなる? という緊迫の場面で、花咲徳栄・岩井監督がタイムを取ってキャプテン・杉本直希を伝令に出し、打者の井上に耳打ちさせた。高めを狙え――。そこへ、黒須の運命の44球目。外低めに、明らかなボールとなるショートバウンドだ。それでも、打ち気に逸る井上のバットが空を切る。歓声と悲鳴が交錯するゲームセット。「あらためて、徳栄さんの粘りには敬意を表します」と平田監督の言う横浜が薄氷の逃げ切りで、10年ぶりの夏2勝目を手にした。

 勝利校の校歌斉唱で整列したとき、横浜・齊藤主将はなんとか試合を締めた黒須に聞いたそうだ。最後のショートバウンドは、スライダーか? いえ、ストレートが引っかかりました。足が震えていたんです……とてつもない重圧の紙一重、8対6。たらればは禁物だが、もし、井上がボールを見逃していれば……薄い紙は破れ、校歌を聞くのは横浜ではなく、花咲徳栄だったかもしれない。

 やっぱり、「野球じゃなく、甲子園」だ。
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著者プロフィール

1960年、新潟県生まれ。82年、ベースボール・マガジン社に入社し、野球、相撲、バドミントン専門誌の編集に携わる。87年からフリーとして野球、サッカー、バレーボール、バドミントンなどの原稿を執筆。高校野球の春夏の甲子園取材は、2019年夏で57回を数える。

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